ホテルのバルで朝食をとり、8時過ぎにチェックアウト。 朝起きた時には降っていなかったが、ホテルを出るときには雨。小雨とは言えないほどなので、リュックにカバーをかけ、ウインドブレーカーを着て出発。

Estella新市街
Estella新市街

旧市街を出てしばらく上り坂が続く。Estellaは小さな町だと思っていたが、案外広い新市街が続く。 Estellaを出ると10分もかからずにFuente de Irache。

Bodegas Irache(蛇口からワイン)
Bodegas Irache(蛇口からワイン)

蛇口からワインと水が出る。早速ここでワインを飲むためにペットボトルを切って作ってきたコップに蛇口から注ぐ。500円か1,000円で売っているような味。朝だし、雨だし、これから20Km歩くのだし、そんなに飲めるものでも、そんなに飲みたいものでもないが、無料なのはうれしい。巡礼者はみんなここでワインを飲んでいるが、さすがに大量に飲む人はいない。昨夜会ったTさんが先に来ていた。

Iracheの分かれ道(右に行くべきか左にすべきか)
Iracheの分かれ道(右に行くべきか左にすべきか)

10分ほど歩いたところでCaminoは二つに分かれる。左は近道だが途中に村が1か所しかなく、右は2㎞ほど距離が長いが楽そう。私たちは右を行く。左に行くのは若い人が多い。 少し先で自動車道路を超えると右にキャンプ場、左にホテルが見えてくる。

営業中!のホテル
営業中!のホテル

ホテルは一見廃業しているようにも見えたが、Barが営業していて、トイレ休憩を兼ねて入ってみると宿泊客が朝食の最中だった。 雨は本降りになってきた。舗装が終わったが、砂利道なのでほこりが立たずむしろ歩きやすい。

三角山
三角山

遠くに三角の山が見える。頂上には要塞らしきもの。道はどんどん上ってゆく。

AzquetaのBar
AzquetaのBar

Azquetaの村に着き、Barが営業していたがトイレだけを借りてすぐに出発。ここにTさんがいたが私たちは先に行くことにする。 村を出るとまたまたナメクジ。ここのは真っ黒。 三角の山の麓を上り続けると道端にぽつんと建物がある。

貯水槽
貯水槽

Ermitaかと思ったが、貯水槽だった。昔は生活用水として使ったのだろうか。 10分ほどでMonjardínに到着。教会があったが閉まっていた。Caminoからほんの少し外れてBarがあったので11時半近くなってもいたので軽食休憩。トルティーヤを食べるが、ヨークハムとチーズが挟んである。この先は10㎞以上何もないとの情報なので、追加でボカディージョ・ハモン・イ・ケソ注文。結構大きなものだった。3分の1ほどを残して持ってゆく。 この先はほとんど下りだったが、10分ほど下ったところから赤土の粘土状の道が始まる。

粘土道
粘土道

雨はもう上がっていたが、ぬかるんでいるところでは靴の底に土がくっつく。歩くのに困るほどではなかったが、もっと雨が降り続いていたら靴はドロドロになりくっついてくる泥に苦しめられたかもしれない。20分ほどそんな道が続いた。 やがて畑の中の砂利道が始まる。道の両側にブドウ、オリーブ、そしてアスパラガスの収穫が終わった後らしい畑。

ブドウを味見
ブドウを味見

ブドウを味わってみると、大粒のはさすがにおいしい。一方、小粒のはまだ熟しておらず酸っぱい。 Los Arcosの入口に着いたのは15時過ぎ。街の中心近くのアルベルゲでスタンプをもらい、教会を少し通り過ぎて今日の宿、Hostal Ezequielに到着。

Hostal Ezequiel
Hostal Ezequiel

ドライバー向けのHostalのよう。併設のBarに声をかけてチェックイン。今日はあまり汗をかかなかったが、とにかくシャワーと洗濯。その間に明日の予定を考える。Logroñoまでは30㎞近くあるので、20㎞弱のVianaに泊まることにしてホテルを予約。 6時ごろ外出してHotel Monacoのある広場に行きMonacoも含めたレストランを見て回るが、やはりMonacoがよさそう。7時からが夕食時間なので教会に行ってみる。教会前のBarでTさんに会う。8時からのミサに出て、その後に夕食にするそうだ。教会に入るとスタンプ。中はごてごてした装飾で好みではない。祭壇を見ていると、他の観光客におじいさんが説明しているのが聞こえる。6時半には後方の窓から入った陽光が祭壇のマリア像に当たるとのこと。

マリア像に陽光が
マリア像に陽光が

6時半少し前に祭壇前の席に座ってマリア像を見つめる。丸い明かりが左から右に移動して、6時半にはちょうどマリア像が陽光の円の中心になった。昨日が完全に中心が来る日だったそうだが。Tさんも来ていた。彼女は明日はVianaまで歩いてバスでLogrñoへ移動するそうで、これでお別れ。

教会前のBarはperegrinoでいっぱい
教会前のBarはperegrinoでいっぱい

教会を出てまだ少し早いので前のBarでCafe cortado。巡礼者でにぎわっている。 7時になったのでHotel Monacoへ行く。最初間違ってBarに入り、食事をというとラシオンのメニューを持ってきた。Menú del díaが表に貼り出してあったので確かめに行くと、ホテルのレストランの入口は別だとわかる。ホテルの入口を入って階段で上階へ。もう何人もなじみの顔が食事をしている。長テーブルにしたところ以外は空いていない。Camareroに言うと、長テーブルの端の席を指定される。一皿目はEnsalada mixtaと野菜のラタトゥイユ、二皿目はPechugaとSalchichón、デザートはHeradoとMelón、そしてワインと水。注文を終えたところでもう一人客が入ってきて、私のすぐ隣を指定される。残りの席は予約席らしい。男はすぐにテーブルの上にタブレットを出し、熱心に操作している。その姿はPuente La Reinaで見かけた記憶がある。やがて私たちに出されているパンをくれないかと言ってきたところで会話が始まった。BarcelonaのTaxistaでAngelさん。Caminoは3回目で、以前はSaint-Jeanから歩いたが、今回はAragonルートを歩いているそうだ。毎週日曜日には教会に行っているとのこと。日本のクリスチャンはと聞くので、ほんの0.1%ぐらいしかいないと答える。神道や仏教のことも聞くので、日本人のほとんどが神道と仏教だが、殆どの人は宗教を信じていない、と答える。日曜日のCataluña州議会選挙のことを尋ねると、独立派は47%だったが、自分は反独立派で、独立は無理だと言っていた。LogroñoとLeónのピンチョスのおいしいBarも教えてくれた。このAngelさん、外国人を扱いなれているのか、インテリなのか、Barの名前をメモに書いてくれた時に私たちにも読みやすく書いてくれた。欧米人の書くアルファベットはおよそ読めないものが多く、語学学校に通った時も同級生の書いた文章を読めずに苦労したものだったが。そのほかにもいろいろ話せて楽しい夕食だった。彼も明日はViana泊まりだそうだ。ずっとアルベルゲに泊まっていて、夕食でワインを飲み、アルベルゲに戻ったら耳栓をしてさっさと眠ってしまうとのこと。 Hostalに戻って、明朝の出発が早いかもしれないので宿代の支払いを済ませ、早めに就寝。23時。

por Andrés

Andrésフランス人の道 Camino FrancésCamino,Francés,Santiago,サンティアゴ,フランス人の道,巡礼ホテルのバルで朝食をとり、8時過ぎにチェックアウト。 朝起きた時には降っていなかったが、ホテルを出るときには雨。小雨とは言えないほどなので、リュックにカバーをかけ、ウインドブレーカーを着て出発。 旧市街を出てしばらく上り坂が続く。Estellaは小さな町だと思っていたが、案外広い新市街が続く。 Estellaを出ると10分もかからずにFuente de Irache。 蛇口からワインと水が出る。早速ここでワインを飲むためにペットボトルを切って作ってきたコップに蛇口から注ぐ。500円か1,000円で売っているような味。朝だし、雨だし、これから20Km歩くのだし、そんなに飲めるものでも、そんなに飲みたいものでもないが、無料なのはうれしい。巡礼者はみんなここでワインを飲んでいるが、さすがに大量に飲む人はいない。昨夜会ったTさんが先に来ていた。 10分ほど歩いたところでCaminoは二つに分かれる。左は近道だが途中に村が1か所しかなく、右は2㎞ほど距離が長いが楽そう。私たちは右を行く。左に行くのは若い人が多い。 少し先で自動車道路を超えると右にキャンプ場、左にホテルが見えてくる。 ホテルは一見廃業しているようにも見えたが、Barが営業していて、トイレ休憩を兼ねて入ってみると宿泊客が朝食の最中だった。 雨は本降りになってきた。舗装が終わったが、砂利道なのでほこりが立たずむしろ歩きやすい。 遠くに三角の山が見える。頂上には要塞らしきもの。道はどんどん上ってゆく。 Azquetaの村に着き、Barが営業していたがトイレだけを借りてすぐに出発。ここにTさんがいたが私たちは先に行くことにする。 村を出るとまたまたナメクジ。ここのは真っ黒。 三角の山の麓を上り続けると道端にぽつんと建物がある。 Ermitaかと思ったが、貯水槽だった。昔は生活用水として使ったのだろうか。 10分ほどでMonjardínに到着。教会があったが閉まっていた。Caminoからほんの少し外れてBarがあったので11時半近くなってもいたので軽食休憩。トルティーヤを食べるが、ヨークハムとチーズが挟んである。この先は10㎞以上何もないとの情報なので、追加でボカディージョ・ハモン・イ・ケソ注文。結構大きなものだった。3分の1ほどを残して持ってゆく。 この先はほとんど下りだったが、10分ほど下ったところから赤土の粘土状の道が始まる。 雨はもう上がっていたが、ぬかるんでいるところでは靴の底に土がくっつく。歩くのに困るほどではなかったが、もっと雨が降り続いていたら靴はドロドロになりくっついてくる泥に苦しめられたかもしれない。20分ほどそんな道が続いた。 やがて畑の中の砂利道が始まる。道の両側にブドウ、オリーブ、そしてアスパラガスの収穫が終わった後らしい畑。 ブドウを味わってみると、大粒のはさすがにおいしい。一方、小粒のはまだ熟しておらず酸っぱい。 Los Arcosの入口に着いたのは15時過ぎ。街の中心近くのアルベルゲでスタンプをもらい、教会を少し通り過ぎて今日の宿、Hostal Ezequielに到着。 ドライバー向けのHostalのよう。併設のBarに声をかけてチェックイン。今日はあまり汗をかかなかったが、とにかくシャワーと洗濯。その間に明日の予定を考える。Logroñoまでは30㎞近くあるので、20㎞弱のVianaに泊まることにしてホテルを予約。 6時ごろ外出してHotel Monacoのある広場に行きMonacoも含めたレストランを見て回るが、やはりMonacoがよさそう。7時からが夕食時間なので教会に行ってみる。教会前のBarでTさんに会う。8時からのミサに出て、その後に夕食にするそうだ。教会に入るとスタンプ。中はごてごてした装飾で好みではない。祭壇を見ていると、他の観光客におじいさんが説明しているのが聞こえる。6時半には後方の窓から入った陽光が祭壇のマリア像に当たるとのこと。 6時半少し前に祭壇前の席に座ってマリア像を見つめる。丸い明かりが左から右に移動して、6時半にはちょうどマリア像が陽光の円の中心になった。昨日が完全に中心が来る日だったそうだが。Tさんも来ていた。彼女は明日はVianaまで歩いてバスでLogrñoへ移動するそうで、これでお別れ。 教会を出てまだ少し早いので前のBarでCafe cortado。巡礼者でにぎわっている。 7時になったのでHotel Monacoへ行く。最初間違ってBarに入り、食事をというとラシオンのメニューを持ってきた。Menú del díaが表に貼り出してあったので確かめに行くと、ホテルのレストランの入口は別だとわかる。ホテルの入口を入って階段で上階へ。もう何人もなじみの顔が食事をしている。長テーブルにしたところ以外は空いていない。Camareroに言うと、長テーブルの端の席を指定される。一皿目はEnsalada mixtaと野菜のラタトゥイユ、二皿目はPechugaとSalchichón、デザートはHeradoとMelón、そしてワインと水。注文を終えたところでもう一人客が入ってきて、私のすぐ隣を指定される。残りの席は予約席らしい。男はすぐにテーブルの上にタブレットを出し、熱心に操作している。その姿はPuente La Reinaで見かけた記憶がある。やがて私たちに出されているパンをくれないかと言ってきたところで会話が始まった。BarcelonaのTaxistaでAngelさん。Caminoは3回目で、以前はSaint-Jeanから歩いたが、今回はAragonルートを歩いているそうだ。毎週日曜日には教会に行っているとのこと。日本のクリスチャンはと聞くので、ほんの0.1%ぐらいしかいないと答える。神道や仏教のことも聞くので、日本人のほとんどが神道と仏教だが、殆どの人は宗教を信じていない、と答える。日曜日のCataluña州議会選挙のことを尋ねると、独立派は47%だったが、自分は反独立派で、独立は無理だと言っていた。LogroñoとLeónのピンチョスのおいしいBarも教えてくれた。このAngelさん、外国人を扱いなれているのか、インテリなのか、Barの名前をメモに書いてくれた時に私たちにも読みやすく書いてくれた。欧米人の書くアルファベットはおよそ読めないものが多く、語学学校に通った時も同級生の書いた文章を読めずに苦労したものだったが。そのほかにもいろいろ話せて楽しい夕食だった。彼も明日はViana泊まりだそうだ。ずっとアルベルゲに泊まっていて、夕食でワインを飲み、アルベルゲに戻ったら耳栓をしてさっさと眠ってしまうとのこと。 Hostalに戻って、明朝の出発が早いかもしれないので宿代の支払いを済ませ、早めに就寝。23時。 por Andrés退職者夫婦の旅と日常(スペイン・旅・留学・巡礼・映画・思索・本・・・)