Fisterra 到着
8時朝食。1階の食堂でいただくが、客は私たち二人だけ。テーブルに着くとコーヒーカップが用意されていて、カップの趣味がいい。おばさんが用意してくれる。
Liresの朝食
Liresの朝食

Café con lecheとTé con lecheはたっぷり。Zumo de Naranjaもグラス一杯。そして手作りのBiscocho。甘さ控えめで私たちにはちょうど良い。Tostadaは薄めにスライスしたパンにバターを塗ってトーストしたもの。ジャムも手作りで、アプリコットと梅。すべてがおいしく、出し方も趣味が良い。Tostadaは、お願いするとお代わりを出してくれた。気持ちよく食べられた。Biscochoは食べきれなかったので持って行っていいか聞くと、二切れのうち一切れの半分を食べただけだったが、アルミホイルにもう一切れ新しいのを持ってきて包んでくれる。これで二人で宿泊40ユーロ+朝食7ユーロ。ここならもう一度泊りにだけでも来たい。夏はお客さんがたくさん来るのか尋ねると、夏は多いが、それでも経済危機以降は減ったとのこと。しかしここは環境がよく公害もないので自然を求める客が集まるそうだ。確かに娯楽らしきものは何もなく、2km先に海岸があるだけの村。巡礼者以外では環境だけを目当てにする客しか来ないと思う。
Casa Lourido
Casa Lourido
9時20分にチェックアウトして出発。
Liresの朝
Liresの朝

ここ数日の暖かさに慣れて外気温を気にせずに外に出たら、久しぶりに寒い。快晴なので寒くなったのだろう。
宿を出てすぐの教会に何台か車が来ている。花を持っている人もいて、墓参りかとも思うが、諸聖人の日はとっくに過ぎている。単なる日曜ミサでもないだろうし。
Camino
Camino

Caminoは畑や林の中を通る土の道だったり、舗装路だったりを繰り返し、海は見えなくても波の音が聞こえたり、海岸から離れてしまったり。
休憩所?
休憩所?

通りかかった家の庭に、鉄のオブジェでしゃれた椅子やテーブルなどが並べられて休みどころのようになっているところがある。本当に休めればいいのに。
Hórreo
Hórreo

2011年と記された真新しいHórreoがあった。これは飾りではないので、Hórreoがまだ充分に実用とされていることがわかる。大体はHórreoはトウモロコシの乾燥に使われているようだ。乾かした後は粒を取り、ニワトリのエサにしている模様。
偶然?
偶然?

路上に矢印とFでFisterraの方向を示してあるが、Fのなかにみごとに犬が糞をしていた。
何のために?
何のために?

牧草地に案山子。牧草を食べる鳥もいないだろうに、意味が分からない。
珍しく自動販売機が
珍しく自動販売機が

製材所に自動販売機が設置されている。今日は暑くなく、この辺りは湿度も高いので持参の水筒の水もほとんど飲まないが、夏にこの自販機はありがたいだろう。
お接待
お接待

Caminoに面した塀の上に飲み物や果物を並べて提供している家があった。ジュースなどは未開封。ミカンを一つもらって募金箱に心ばかりの硬貨を投入。ここも暑い時期にはありがたいだろう。
向こうから見覚えのある人が歩いてきたと思ったら、Santiagoを出たところで会ってから何度も抜きつ抜かれつしたオランダ人の男だった。再会を喜び合う。Hさん。今日はきっとHospitalでMuxíaへ向かった私たちと違って、多くの人はFisterraへ回ったので、そこからMuxíaへ行く人と会うはずと思っていた。互いに写真を撮りあい、メールで送ることを約して別れる。
バス停
バス停

12時半になってバス停があったので、休憩。今朝いただいてきたBiscochoを食べる。
左方に海が
左方に海が

間もなく左の方に海が見える。Fisterraが近い。しかしまた坂を上り山の中に入る。
Fisterraの街に到着
Fisterraの街に到着

さらに家の立ち並ぶのが見えるようになってFisterraの街の入口に到着。
Fisterraの昼食
Fisterraの昼食

お腹もすいたので、先ずBarに入る。日曜日の昼食前の時間で、Barは地元の人でにぎわっている。巡礼路最後のBocadillo con Jamón y Queso、Agua con gas、KAS Limón。ところがAguaとLimónにガルバンソがついてきた。これはポルトガル方式で、要らなければ断ればよく、食べれば代金を払うもの。美味しそうだったのでこれも食べる。
1時半なので、これからどうしようかを考える。ここから岬まで2~3km。このまま岬まで行くと夕暮れまで時間がありすぎる。宿に入って荷をおろしてからゆっくり岬に行くことにする。
Mirador Fin da Terra
Mirador Fin da Terra

宿は決めていなかったが、この近くで良さそうなところということで、Barのそばから坂道を少し上った高台にあるResidencia Turística Mirador Fin da Terraに行く。入口は閉まっていて、用のある人は電話するようにと電話番号が貼ってある。電話すると5分で行くからとのこと。待っていると車で女主人がやってきた。部屋を見せてもらい、上階のテラス付きで海の良く見える部屋を選ぶ。支払いを済ませカギを預かる。清潔で気持ちの良い部屋。
上空は晴れているが西の空は曇ってきて、落日が見られるかどうか心配になってきた。
岬への道
岬への道

4時過ぎに出かける。岬に向かって歩くと、街を抜けて道はずっと緩やかな上りが続く。道路の側で、ガードレールで区切られているところが大部分なので自動車の危険は感じないが、反対側は海に向かって急な崖で、柵もないので落ちたらどこまでも転げて行きそう。街灯がないので、帰りに暗くなったら懐中電灯を持っていても危険。
巡礼者像
巡礼者像

途中に巡礼者が向かい風の中を岬に向かって歩く像。しかし岬に向かって歩いているのは私たちだけ。一方、車がたくさん岬に向かって行く。
岬の近くには駐車している車がたくさんあり、灯台の周辺に人もたくさんいる。
どこでだったか、牧草地でロバをつなぎテントを張っていた犬連れの男女がいたが、彼らが灯台の下でロバに犬が飛び乗る芸を見せていた。しかし巡礼者はほんの数人しか見かけない。大多数は車でやって来た人たち。バスで乗り付けた団体客もいる。
0.00km
0.00km

0.00kmと記されたMojón。岬はもう少し先だがCaminoは終着点。
灯台の中は小さな無料展示場になっているが、そこの受付で最後のSelloをもらう。
巡礼者の靴
巡礼者の靴
岬の十字架
岬の十字架
過去を焼く
過去を焼く

灯台の先は岩場になっていて、下りて行くと金属製の靴のオブジェ、石の十字架、そしてあちこちの岩陰に巡礼者が持ち物を焼いた跡。ここが本当にCaminoの終着点。この先には海しかない。昔の人はこの向こうに何を想像したのだろう。そしてここで何を思ったのだろう。
風が強いが、波はMuxíaよりも穏やか。
地の果ての夕日
地の果ての夕日

夕日が沈むのを待つ。西の水平線上に雲が横たわり太陽は見えない。太陽が落ちて行って横たわる雲の隙間から少しだけ姿を見せたが、その後は完全に雲に隠れ、夕焼けもなく暮れて行った。
Caminoは終わった。
Fisterraの街へ
Fisterraの街へ

街に引き返す。下り道なので楽だが、暗くなってしまう前に街に着こうと急ぎ足で歩く。何とか道が見えるうちに街灯のある所にたどり着くことができた。教会はライトアップされていたが、中には入れない。
Albergue Municipalに行ってFisterra到着証明書をもらう。
Nさん推薦の海鮮料理レストランに行くが、食事は8時からということなので一旦宿に戻りシャワー。
8時半にレストランへ。奥のComedorではなくBarのテーブルで食べる。
各国語料理用語対照
各国語料理用語対照

日本語、オランダ語、スウェーデン語、イタリア語、スペイン語、英語、フランス語、ドイツ語の料理用語対照冊子を見せてくれる。
Fisterraの夕食
Fisterraの夕食

Ensalada mixta media、Mejillones(ムール貝)、Percebes(エボシ貝/カメノテ)に白ワインと水。どれも美味しい。Percebesは店名Don Percebeに使われているように、この店の売り。初めて食べるので食べ方をCamareroに教えてもらう。見た目が見た目なので私はちょっと躊躇するが、食べてみると癖がなく美味しい。楕円形の断面のものを縦長方向を折るようにして剥くのだが、小さいので数をこなすことになり、初心者だからか汁を飛ばすこともあって手が濡れる。値が張るのでまた食べる機会があるかどうかわからないが、美味しくワインが進み、いつもは二人でボトル半分しか空かないのが、1本を飲み切ってしまった。
Fisterraの夜景
Fisterraの夜景
気持ちよく酔っぱらってしまい、宿へ帰る急な坂道を何度も休みながら上ることになった。
 
Fisterra。ラテン語のfinis terrae、つまり大地の果て。Saint Jean Pied de Portから900km。ここで私たちのCaminoは終わる。Cabo Fisterraの先端には、巡礼者たちがそれぞれの思いを込めて身に着けていたものを焼いた跡がある。昔からの慣わしで、巡礼中に着ていたものをここで焼いて再生の道を歩みはじめるのだ。私たちは何も焼かない。Fisterraに着く前、歩みが遅くなる中で、これからどうするかを考えていた。歩く道についてだけでなく、何をするのかすべきなのかを。
900kmの旅の果てのFisterra。これで何かが変わるのかもしれないし、何も変わらないのかもしれない。確かなのは、私たちは再び日常に戻るということ。そこで変化の有無が明らかになるのだろう。
por Andrés
Andrésフランス人の道 Camino FrancésCamino,Francés,Santiago,サンティアゴ,フランス人の道,巡礼Fisterra 到着 8時朝食。1階の食堂でいただくが、客は私たち二人だけ。テーブルに着くとコーヒーカップが用意されていて、カップの趣味がいい。おばさんが用意してくれる。 Café con lecheとTé con lecheはたっぷり。Zumo de Naranjaもグラス一杯。そして手作りのBiscocho。甘さ控えめで私たちにはちょうど良い。Tostadaは薄めにスライスしたパンにバターを塗ってトーストしたもの。ジャムも手作りで、アプリコットと梅。すべてがおいしく、出し方も趣味が良い。Tostadaは、お願いするとお代わりを出してくれた。気持ちよく食べられた。Biscochoは食べきれなかったので持って行っていいか聞くと、二切れのうち一切れの半分を食べただけだったが、アルミホイルにもう一切れ新しいのを持ってきて包んでくれる。これで二人で宿泊40ユーロ+朝食7ユーロ。ここならもう一度泊りにだけでも来たい。夏はお客さんがたくさん来るのか尋ねると、夏は多いが、それでも経済危機以降は減ったとのこと。しかしここは環境がよく公害もないので自然を求める客が集まるそうだ。確かに娯楽らしきものは何もなく、2km先に海岸があるだけの村。巡礼者以外では環境だけを目当てにする客しか来ないと思う。 9時20分にチェックアウトして出発。 ここ数日の暖かさに慣れて外気温を気にせずに外に出たら、久しぶりに寒い。快晴なので寒くなったのだろう。 宿を出てすぐの教会に何台か車が来ている。花を持っている人もいて、墓参りかとも思うが、諸聖人の日はとっくに過ぎている。単なる日曜ミサでもないだろうし。 Caminoは畑や林の中を通る土の道だったり、舗装路だったりを繰り返し、海は見えなくても波の音が聞こえたり、海岸から離れてしまったり。 通りかかった家の庭に、鉄のオブジェでしゃれた椅子やテーブルなどが並べられて休みどころのようになっているところがある。本当に休めればいいのに。 2011年と記された真新しいHórreoがあった。これは飾りではないので、Hórreoがまだ充分に実用とされていることがわかる。大体はHórreoはトウモロコシの乾燥に使われているようだ。乾かした後は粒を取り、ニワトリのエサにしている模様。 路上に矢印とFでFisterraの方向を示してあるが、Fのなかにみごとに犬が糞をしていた。 牧草地に案山子。牧草を食べる鳥もいないだろうに、意味が分からない。 製材所に自動販売機が設置されている。今日は暑くなく、この辺りは湿度も高いので持参の水筒の水もほとんど飲まないが、夏にこの自販機はありがたいだろう。 Caminoに面した塀の上に飲み物や果物を並べて提供している家があった。ジュースなどは未開封。ミカンを一つもらって募金箱に心ばかりの硬貨を投入。ここも暑い時期にはありがたいだろう。 向こうから見覚えのある人が歩いてきたと思ったら、Santiagoを出たところで会ってから何度も抜きつ抜かれつしたオランダ人の男だった。再会を喜び合う。Hさん。今日はきっとHospitalでMuxíaへ向かった私たちと違って、多くの人はFisterraへ回ったので、そこからMuxíaへ行く人と会うはずと思っていた。互いに写真を撮りあい、メールで送ることを約して別れる。 12時半になってバス停があったので、休憩。今朝いただいてきたBiscochoを食べる。 間もなく左の方に海が見える。Fisterraが近い。しかしまた坂を上り山の中に入る。 さらに家の立ち並ぶのが見えるようになってFisterraの街の入口に到着。 お腹もすいたので、先ずBarに入る。日曜日の昼食前の時間で、Barは地元の人でにぎわっている。巡礼路最後のBocadillo con Jamón y Queso、Agua con gas、KAS Limón。ところがAguaとLimónにガルバンソがついてきた。これはポルトガル方式で、要らなければ断ればよく、食べれば代金を払うもの。美味しそうだったのでこれも食べる。 1時半なので、これからどうしようかを考える。ここから岬まで2~3km。このまま岬まで行くと夕暮れまで時間がありすぎる。宿に入って荷をおろしてからゆっくり岬に行くことにする。 宿は決めていなかったが、この近くで良さそうなところということで、Barのそばから坂道を少し上った高台にあるResidencia Turística Mirador Fin da Terraに行く。入口は閉まっていて、用のある人は電話するようにと電話番号が貼ってある。電話すると5分で行くからとのこと。待っていると車で女主人がやってきた。部屋を見せてもらい、上階のテラス付きで海の良く見える部屋を選ぶ。支払いを済ませカギを預かる。清潔で気持ちの良い部屋。 上空は晴れているが西の空は曇ってきて、落日が見られるかどうか心配になってきた。 4時過ぎに出かける。岬に向かって歩くと、街を抜けて道はずっと緩やかな上りが続く。道路の側で、ガードレールで区切られているところが大部分なので自動車の危険は感じないが、反対側は海に向かって急な崖で、柵もないので落ちたらどこまでも転げて行きそう。街灯がないので、帰りに暗くなったら懐中電灯を持っていても危険。 途中に巡礼者が向かい風の中を岬に向かって歩く像。しかし岬に向かって歩いているのは私たちだけ。一方、車がたくさん岬に向かって行く。 岬の近くには駐車している車がたくさんあり、灯台の周辺に人もたくさんいる。 どこでだったか、牧草地でロバをつなぎテントを張っていた犬連れの男女がいたが、彼らが灯台の下でロバに犬が飛び乗る芸を見せていた。しかし巡礼者はほんの数人しか見かけない。大多数は車でやって来た人たち。バスで乗り付けた団体客もいる。 0.00kmと記されたMojón。岬はもう少し先だがCaminoは終着点。 灯台の中は小さな無料展示場になっているが、そこの受付で最後のSelloをもらう。 灯台の先は岩場になっていて、下りて行くと金属製の靴のオブジェ、石の十字架、そしてあちこちの岩陰に巡礼者が持ち物を焼いた跡。ここが本当にCaminoの終着点。この先には海しかない。昔の人はこの向こうに何を想像したのだろう。そしてここで何を思ったのだろう。 風が強いが、波はMuxíaよりも穏やか。 夕日が沈むのを待つ。西の水平線上に雲が横たわり太陽は見えない。太陽が落ちて行って横たわる雲の隙間から少しだけ姿を見せたが、その後は完全に雲に隠れ、夕焼けもなく暮れて行った。 Caminoは終わった。 街に引き返す。下り道なので楽だが、暗くなってしまう前に街に着こうと急ぎ足で歩く。何とか道が見えるうちに街灯のある所にたどり着くことができた。教会はライトアップされていたが、中には入れない。 Albergue Municipalに行ってFisterra到着証明書をもらう。 Nさん推薦の海鮮料理レストランに行くが、食事は8時からということなので一旦宿に戻りシャワー。 8時半にレストランへ。奥のComedorではなくBarのテーブルで食べる。 日本語、オランダ語、スウェーデン語、イタリア語、スペイン語、英語、フランス語、ドイツ語の料理用語対照冊子を見せてくれる。 Ensalada mixta media、Mejillones(ムール貝)、Percebes(エボシ貝/カメノテ)に白ワインと水。どれも美味しい。Percebesは店名Don Percebeに使われているように、この店の売り。初めて食べるので食べ方をCamareroに教えてもらう。見た目が見た目なので私はちょっと躊躇するが、食べてみると癖がなく美味しい。楕円形の断面のものを縦長方向を折るようにして剥くのだが、小さいので数をこなすことになり、初心者だからか汁を飛ばすこともあって手が濡れる。値が張るのでまた食べる機会があるかどうかわからないが、美味しくワインが進み、いつもは二人でボトル半分しか空かないのが、1本を飲み切ってしまった。 気持ちよく酔っぱらってしまい、宿へ帰る急な坂道を何度も休みながら上ることになった。   Fisterra。ラテン語のfinis terrae、つまり大地の果て。Saint Jean Pied de Portから900km。ここで私たちのCaminoは終わる。Cabo Fisterraの先端には、巡礼者たちがそれぞれの思いを込めて身に着けていたものを焼いた跡がある。昔からの慣わしで、巡礼中に着ていたものをここで焼いて再生の道を歩みはじめるのだ。私たちは何も焼かない。Fisterraに着く前、歩みが遅くなる中で、これからどうするかを考えていた。歩く道についてだけでなく、何をするのかすべきなのかを。 900kmの旅の果てのFisterra。これで何かが変わるのかもしれないし、何も変わらないのかもしれない。確かなのは、私たちは再び日常に戻るということ。そこで変化の有無が明らかになるのだろう。 por Andrés退職者夫婦の旅と日常(スペイン・旅・留学・巡礼・映画・思索・本・・・)