奥州街道を歩くことにした。

前回、奥州街道を歩き終えたのは2017年4月25日なので、5年ぶりの街道歩きということになる。前回,カミーノを歩いたのは2018年11月20日なので、4年ぶりの長距離歩行だ。久しぶりに長い距離を歩く上に,体力の衰えもあるだろうからゆっくり歩こうと思っている。上限1日20キロが程良いところだろうか。

東北新幹線が地震の影響で福島•仙台間が不通になっている。不通区間は東北本線の臨時快速を利用することで、自宅から仙台まで4時間弱で行ける。しかし奥州街道を歩いて盛岡あたりから帰ろうとすると7〜8時間かかってしまう。そのため出かけるのを見合わせていたら,復旧が早まって14日に全線開通することになった。10日に仙台に行って奥州街道を歩くことにした。今回は1週間の予定。

例年だと仙台ではこの週末ごろが桜の見ごろらしいが、今年は遅れていて、9日に開花したそうだ。花見には少し早いようだ。

朝,自宅を7時20分に出て,武蔵野線から途中で「武蔵野号」に乗り換えて大宮へ。そこから新幹線で福島へ。新幹線車内はほとんど満席だった。福島からは東北本線の臨時快速で仙台へ。

この電車は意外に良い車両が使われていた。

仙台に着いたのは11時18分。運転手が気を利かせたのか,途中の川辺の桜並木で徐行してくれたので、車内からの花見を楽しむことができた。

仙台駅ビル内の「喜助」で牛タンの昼食。

タン塩は普通だったが,シチューが美味しかった。隣の席で若い三姉妹が食事をしていたが,一人は半ライスを注文。もう一人は大盛りを頼んだので驚いたが,しばらくするとその子は大盛りをおかわりした。どんな子かと見てみると,中肉で少し小柄の高校生ぐらいだった。もの静かな三姉妹だったので,よけいに驚いた。

昼食をとりながら予約を入れた「三井ガーデンホテル」に行き,荷物を預ける。ホテルのレストランには昼食の客が列を作っている。評判が良いのだろうか。

ホテルを出ると,向かいに「青柳文庫跡碑」がある。

日本最初の公開図書館だそうだ。

商店街に通りかかると辻元清美さんが街頭に立っている。夏の参議院選全国比例区公認が決定したそうだ。がんばって!と声をかけると、握手してくれた。思ったより若々しく力強い手だった。

歩いて「西公園」に行く。


仙台の桜の名所ということなので、行ってみることにした。今日は朝から晴れ渡り、気温も上がって開花が進んだのだろうが、それでもせいぜい五分咲き程度のように見えた。しかし公園は花見客で賑わっていて、露店にはどこも長い列ができていた。

さらに歩いて県立美術館に行ってみたが、地震の影響で休館中。東北大を抜けて「本丸会館」に向かおうとするが、ここでも地震の影響で通行禁止になっていた。


「魯迅の像」をまわって、途中のベンチで少し昼寝し、市街地に戻る。土井晩翠の旧居「晩翠草堂」に入ってみる。


一巡した後で管理をしている人がいろいろ話してくれる。晩翠は実家が資産家だったのでヨーロッパに私費留学したこと。300以上もの校歌を作詞したが、謝礼を取らないこともあったそうだ。一方、作曲の山田耕作は時には作曲料の値上げを要求することもあったが、耕作がプロの作曲家だったのに対して晩翠は大学教授で資産家だったのでお金にこだわる必要がなかったからだそうだ。

中心街に戻り「玉澤総本店」で「ずんだ餅」などの間食で休憩。美味しかったが少し重かった。

ホテルに戻りチェックイン。荷物は部屋に運びこんでくれていた。部屋は狭いが、バスルームはそんなに狭くない。

気温が上がった中を歩き回って少々疲れた。外出するのも億劫なのでホテル内のレストランで夕食にする。パスタとサラダぐらいにするつもりで行ってみると、宿泊者向けのコースがあってお得なのでそれにする。

美味しくて比較的安価で、サービスも気持ちよく、良いレストランだった。誕生日のお客さんがいたようで、線香花火の点いたケーキが運ばれているテーブルがあった。

部屋に戻って入浴、日記。荷物はずいぶん減らしたのでバックパックはスカスカで軽いが、明日からの一日20kmの歩き、大丈夫だろうか。少しずつ慣れてゆくしかない。

/images/2022/04/img_0745-700x1244.jpg/images/2022/04/img_0745-150x150.jpgAndrés奥州道中仙台,奥州街道奥州街道を歩くことにした。 前回、奥州街道を歩き終えたのは2017年4月25日なので、5年ぶりの街道歩きということになる。前回,カミーノを歩いたのは2018年11月20日なので、4年ぶりの長距離歩行だ。久しぶりに長い距離を歩く上に,体力の衰えもあるだろうからゆっくり歩こうと思っている。上限1日20キロが程良いところだろうか。 東北新幹線が地震の影響で福島•仙台間が不通になっている。不通区間は東北本線の臨時快速を利用することで、自宅から仙台まで4時間弱で行ける。しかし奥州街道を歩いて盛岡あたりから帰ろうとすると7〜8時間かかってしまう。そのため出かけるのを見合わせていたら,復旧が早まって14日に全線開通することになった。10日に仙台に行って奥州街道を歩くことにした。今回は1週間の予定。 例年だと仙台ではこの週末ごろが桜の見ごろらしいが、今年は遅れていて、9日に開花したそうだ。花見には少し早いようだ。 朝,自宅を7時20分に出て,武蔵野線から途中で「武蔵野号」に乗り換えて大宮へ。そこから新幹線で福島へ。新幹線車内はほとんど満席だった。福島からは東北本線の臨時快速で仙台へ。 この電車は意外に良い車両が使われていた。 仙台に着いたのは11時18分。運転手が気を利かせたのか,途中の川辺の桜並木で徐行してくれたので、車内からの花見を楽しむことができた。 仙台駅ビル内の「喜助」で牛タンの昼食。 タン塩は普通だったが,シチューが美味しかった。隣の席で若い三姉妹が食事をしていたが,一人は半ライスを注文。もう一人は大盛りを頼んだので驚いたが,しばらくするとその子は大盛りをおかわりした。どんな子かと見てみると,中肉で少し小柄の高校生ぐらいだった。もの静かな三姉妹だったので,よけいに驚いた。 昼食をとりながら予約を入れた「三井ガーデンホテル」に行き,荷物を預ける。ホテルのレストランには昼食の客が列を作っている。評判が良いのだろうか。 ホテルを出ると,向かいに「青柳文庫跡碑」がある。 日本最初の公開図書館だそうだ。 商店街に通りかかると辻元清美さんが街頭に立っている。夏の参議院選全国比例区公認が決定したそうだ。がんばって!と声をかけると、握手してくれた。思ったより若々しく力強い手だった。 歩いて「西公園」に行く。 仙台の桜の名所ということなので、行ってみることにした。今日は朝から晴れ渡り、気温も上がって開花が進んだのだろうが、それでもせいぜい五分咲き程度のように見えた。しかし公園は花見客で賑わっていて、露店にはどこも長い列ができていた。 さらに歩いて県立美術館に行ってみたが、地震の影響で休館中。東北大を抜けて「本丸会館」に向かおうとするが、ここでも地震の影響で通行禁止になっていた。 「魯迅の像」をまわって、途中のベンチで少し昼寝し、市街地に戻る。土井晩翠の旧居「晩翠草堂」に入ってみる。 一巡した後で管理をしている人がいろいろ話してくれる。晩翠は実家が資産家だったのでヨーロッパに私費留学したこと。300以上もの校歌を作詞したが、謝礼を取らないこともあったそうだ。一方、作曲の山田耕作は時には作曲料の値上げを要求することもあったが、耕作がプロの作曲家だったのに対して晩翠は大学教授で資産家だったのでお金にこだわる必要がなかったからだそうだ。 中心街に戻り「玉澤総本店」で「ずんだ餅」などの間食で休憩。美味しかったが少し重かった。 ホテルに戻りチェックイン。荷物は部屋に運びこんでくれていた。部屋は狭いが、バスルームはそんなに狭くない。 気温が上がった中を歩き回って少々疲れた。外出するのも億劫なのでホテル内のレストランで夕食にする。パスタとサラダぐらいにするつもりで行ってみると、宿泊者向けのコースがあってお得なのでそれにする。 美味しくて比較的安価で、サービスも気持ちよく、良いレストランだった。誕生日のお客さんがいたようで、線香花火の点いたケーキが運ばれているテーブルがあった。 部屋に戻って入浴、日記。荷物はずいぶん減らしたのでバックパックはスカスカで軽いが、明日からの一日20kmの歩き、大丈夫だろうか。少しずつ慣れてゆくしかない。退職者夫婦の旅と日常(スペイン・旅・留学・巡礼・映画・思索・本・・・)