動画 Alija del Infantado ~ Bañeza

7時起床。朝焼けに染まった家並が綺麗だ。誰もいる気配がない。昨夜は結局暖房は入らなかったが、早目に窓のシャッターを下ろして昼間の暖かさを逃さないようにしたせいか、寒い思いはせずにすんだ。

8時過ぎに下の食堂に降りて、自分たちで準備して朝食。パンは「ビンボー」が4枚。ヨーグルトがなぜか1個。牛乳は1パックあるので電子レンジで温め、コーヒーメーカーで淹れたコーヒーに加えてCafé con lecheに。それにTé con leche。パンは焼くと薄く軽いので心許ない。バターとジャムはあるのでまだましだが。それにりんご1個。食堂はさすがに冷えて寒い。食後部屋に戻ると、部屋が非常に暖かく感じられる。

9時過ぎに、鍵を昨日宿の坊やに言われたように食堂のテーブルの上に置き、出発。坂の町を10分ほど歩いてBarに。途中にはギリシア彫刻のような像がある。そこで朝食の取り直し。この先の長い歩行を考えると、「ビンボーパン」では持たないので。しかしこのBarでTosatadaを注文するとCon jamónにするかどうか聞かれたので、Con jamónを頼むと、一人分のつもりだったのに二人分出てくる。しかしそれは「ビンボーパン」をトーストしてオリーブオイルを垂らした上に生ハムを載せたもので、二人分でも予想していた一人分より少ないので、二人分出してくれて助かった。

BarのあるあたりはCueva(洞窟住居)がたくさんあり、中には随分立派な構えのものも。いずれも今は物置きとしてしか使われていないようだが、昔は冷暖房完備の住居として重宝されていたのだろう。

町を出る前に立派な教会があり、その少し先には小さな礼拝堂もあるが、おそらくいずれも今は使われることはほとんどないのだろう。

町を出てしばらく地方道を進む。車の通りは少ない。30分ほど歩いて右にそれ、Caminoは土の道に。Caminoはそこからしばらく左にハムス川を見て進む。ハムス川沿いになってすぐのところで川面に動物が泳ぐのが見える。ほんの数秒のことで潜ってしまい、その後は姿を現さなかったが、カワウソだったと思う。川沿いに歩きながらカワウソがまた見られないかと気にしながら歩いたが、結局二度と見ることはなかった。

やがて川の岸に大きな柳の木が並ぶ。しかし柳はCaminoに日陰を作ってはくれないので、次第に暑さは増して行く。途中でダウンも上着も脱いでシャツだけになっても暑い。初夏というより真夏のように感じる。歩いていると蝉の鳴き声が聞こえてきそうな気がするほど。

12時近くなってQuintana del Marcoの町に到着。この町の地方道沿いにBarがあるので、Caminoを離れ、川を渡って向かう。途中で2本の木製杖を持ったお婆さんが話しかけてくる。82歳で足が不自由で大変だというようなこと。

Barの名は「Bar 2000」。Agua Con gas、KASリモン、ポテトチップ一袋、おまけのマドレーヌ。広いBarだが客はカウンターに何故か距離を置いて座っている。Camareroは足の悪いお爺さん。町で唯一のBarだが、先行きは不安。

元に戻って再びCamino。1時間ほど歩いて今日二つ目のBarのある町Villanueva de Jamuz。またCaminoを離れて川を渡り、地方道に出てBarへ。Barの名はBar Via De La Plata。ここで昼食をと考えていたが、食事はできないとのこと。それでも何か食べ物をとお願いするとRaciónならと言ってChorizo、Pollo、Enmanadaを出すと言ってくれる。飲み物は水とLimonada。Chorizoは焼いただけだが焼きすぎて焦げていた。Empanadaはツナを入れたもので、あまり重くなくて良かった。盛り付けた中央のピーマンが美味しかった。Polloは手羽先の唐揚げ。昨日、二人でスペインではよく鶏肉を食べるのに唐揚げがないね、美味しいのに、と話していたところ。出てきたものはまさに唐揚げだった。岩塩がかけられていて少し塩っぽかったが、揚げ加減もよく美味しかった。この先にはBarはないので、助かった。Camareroのお父さんと思しき人が調理を担当しているようで、ここは後継ができているようだ。少し先からCaminoに戻る道を進むと、川を渡る橋がしばらくなく、Caminoの対岸を歩くことになる。次第に道が狭くなり、草も少し深くなって心配になってきたが、ようやく橋があって対岸に渡れCaminoに戻れたと思った。ところがそこに標識が立っていて、Bañezaへ自動車道経由で7.8km、Camino経由で6.9kmと表示されている。右は川と直角に進む道で、これまでの川沿いではない。持参の地図も川沿いを示している。少し迷ったが、川沿いを進むことにして歩き始めた時、通り過ぎた車がクラクションを鳴らしてバックして来て運転手が降りて、川沿いの道は通れない、直行する道がCaminoだからそれをずっと道なりに行けば良い、みぎへの分かれ道には行かないように、と教えてくれる。助かった。ほんの数秒早く、あるいは遅く通っていたら長い無駄足を踏むことになったはずだ。そこからはやがて丘を越える上り道となり、いくらか薄曇り気味になって暑さも少し和らいだ。

小さな蛇の死骸。これもスペインではヘビを見ないね、と数日前に話していたところ。

廃線を越えてBañezaの町に近づくとCaminoは金網に囲われた施設で迂回させられる。町の側に出たところで、それがオートバイ競技場だということがわかる。町の建物の壁にはオートバイ選手の肖像画が描かれていて、この町がこれに力を入れているのがわかるが、オートバイへの興味も知識もない人間としては描かれた選手の価値はわからない。

町の中心街に向けて歩き、途中のベンチで休みたいと思うのだが、ベンチは全て日向に設置されていて、宿に着いてしまう。

宿は無人で、ブザーを押すと名前を聞かれ、答えるとドアが開錠され、入ると無人のレセプションでパスポートの氏名、ナンバー発行年、、生年月日などを聞かれ、それからキーボックスの暗証番号が知らされてカードキーが手に入る。この間、相手は声のみで姿は見えず、どこにいるかも分からない。

部屋は少し狭いが、いかにも現代的。暑く疲れたので、とにかくシャワーを浴び、昼寝。ところが昼食のせいか胸焼けのような感じで、暑さもあって気持ちが悪い。すぐに眠ったようだが、さらに暑くなって布団を蹴飛ばして寝ていた。配偶者がシャワーを終え、洗濯も終えてみると、こんなに暑いのにスチーム暖房が入っているとのこと。私は起き出して口の渇きと胸焼け解消のため飲み物を買いにスーパーに。宿を出るとすぐに街の中心で、商店が並んでいる。スーパーでは冷えた飲み物は少なく、Agua Con gasはないので、水とアクエリアス・ナランハそれぞれ1.5lを買う。帰りに建物の入口に人が集まってどんどん入っていくのが見えたので、中を覗いてみると、中庭に復活祭の山車のようなものが数台置かれ、数人が管楽器を吹く練習をしているように見える。若い人が多いが、中高齢者もいて、おそらく今月下旬の聖週間への準備なのだろう。

宿に戻ってアクエリアスを一人で半分以上飲むと、気持ち悪さは消えた。暖房は相変わらず効きすぎているので窓を開けると、微かに先ほどの聖週間の練習らしき音が響いて来た。

今日は暑い中を23km歩いて疲れたが、それ以上に口や喉の渇きと胸焼けに苦しめられた。アクエリアスのおかげですぐに治って良かったが。

Andrés銀の道 Camino de la PlataCamino,Camino de la Plata,Santiago,サンティアゴ,巡礼動画 Alija del Infantado ~ Bañeza 7時起床。朝焼けに染まった家並が綺麗だ。誰もいる気配がない。昨夜は結局暖房は入らなかったが、早目に窓のシャッターを下ろして昼間の暖かさを逃さないようにしたせいか、寒い思いはせずにすんだ。 8時過ぎに下の食堂に降りて、自分たちで準備して朝食。パンは「ビンボー」が4枚。ヨーグルトがなぜか1個。牛乳は1パックあるので電子レンジで温め、コーヒーメーカーで淹れたコーヒーに加えてCafé con lecheに。それにTé con leche。パンは焼くと薄く軽いので心許ない。バターとジャムはあるのでまだましだが。それにりんご1個。食堂はさすがに冷えて寒い。食後部屋に戻ると、部屋が非常に暖かく感じられる。 9時過ぎに、鍵を昨日宿の坊やに言われたように食堂のテーブルの上に置き、出発。坂の町を10分ほど歩いてBarに。途中にはギリシア彫刻のような像がある。そこで朝食の取り直し。この先の長い歩行を考えると、「ビンボーパン」では持たないので。しかしこのBarでTosatadaを注文するとCon jamónにするかどうか聞かれたので、Con jamónを頼むと、一人分のつもりだったのに二人分出てくる。しかしそれは「ビンボーパン」をトーストしてオリーブオイルを垂らした上に生ハムを載せたもので、二人分でも予想していた一人分より少ないので、二人分出してくれて助かった。 BarのあるあたりはCueva(洞窟住居)がたくさんあり、中には随分立派な構えのものも。いずれも今は物置きとしてしか使われていないようだが、昔は冷暖房完備の住居として重宝されていたのだろう。 町を出る前に立派な教会があり、その少し先には小さな礼拝堂もあるが、おそらくいずれも今は使われることはほとんどないのだろう。 町を出てしばらく地方道を進む。車の通りは少ない。30分ほど歩いて右にそれ、Caminoは土の道に。Caminoはそこからしばらく左にハムス川を見て進む。ハムス川沿いになってすぐのところで川面に動物が泳ぐのが見える。ほんの数秒のことで潜ってしまい、その後は姿を現さなかったが、カワウソだったと思う。川沿いに歩きながらカワウソがまた見られないかと気にしながら歩いたが、結局二度と見ることはなかった。 やがて川の岸に大きな柳の木が並ぶ。しかし柳はCaminoに日陰を作ってはくれないので、次第に暑さは増して行く。途中でダウンも上着も脱いでシャツだけになっても暑い。初夏というより真夏のように感じる。歩いていると蝉の鳴き声が聞こえてきそうな気がするほど。 12時近くなってQuintana del Marcoの町に到着。この町の地方道沿いにBarがあるので、Caminoを離れ、川を渡って向かう。途中で2本の木製杖を持ったお婆さんが話しかけてくる。82歳で足が不自由で大変だというようなこと。 Barの名は「Bar 2000」。Agua Con gas、KASリモン、ポテトチップ一袋、おまけのマドレーヌ。広いBarだが客はカウンターに何故か距離を置いて座っている。Camareroは足の悪いお爺さん。町で唯一のBarだが、先行きは不安。 元に戻って再びCamino。1時間ほど歩いて今日二つ目のBarのある町Villanueva de Jamuz。またCaminoを離れて川を渡り、地方道に出てBarへ。Barの名はBar Via De La Plata。ここで昼食をと考えていたが、食事はできないとのこと。それでも何か食べ物をとお願いするとRaciónならと言ってChorizo、Pollo、Enmanadaを出すと言ってくれる。飲み物は水とLimonada。Chorizoは焼いただけだが焼きすぎて焦げていた。Empanadaはツナを入れたもので、あまり重くなくて良かった。盛り付けた中央のピーマンが美味しかった。Polloは手羽先の唐揚げ。昨日、二人でスペインではよく鶏肉を食べるのに唐揚げがないね、美味しいのに、と話していたところ。出てきたものはまさに唐揚げだった。岩塩がかけられていて少し塩っぽかったが、揚げ加減もよく美味しかった。この先にはBarはないので、助かった。Camareroのお父さんと思しき人が調理を担当しているようで、ここは後継ができているようだ。少し先からCaminoに戻る道を進むと、川を渡る橋がしばらくなく、Caminoの対岸を歩くことになる。次第に道が狭くなり、草も少し深くなって心配になってきたが、ようやく橋があって対岸に渡れCaminoに戻れたと思った。ところがそこに標識が立っていて、Bañezaへ自動車道経由で7.8km、Camino経由で6.9kmと表示されている。右は川と直角に進む道で、これまでの川沿いではない。持参の地図も川沿いを示している。少し迷ったが、川沿いを進むことにして歩き始めた時、通り過ぎた車がクラクションを鳴らしてバックして来て運転手が降りて、川沿いの道は通れない、直行する道がCaminoだからそれをずっと道なりに行けば良い、みぎへの分かれ道には行かないように、と教えてくれる。助かった。ほんの数秒早く、あるいは遅く通っていたら長い無駄足を踏むことになったはずだ。そこからはやがて丘を越える上り道となり、いくらか薄曇り気味になって暑さも少し和らいだ。 小さな蛇の死骸。これもスペインではヘビを見ないね、と数日前に話していたところ。 廃線を越えてBañezaの町に近づくとCaminoは金網に囲われた施設で迂回させられる。町の側に出たところで、それがオートバイ競技場だということがわかる。町の建物の壁にはオートバイ選手の肖像画が描かれていて、この町がこれに力を入れているのがわかるが、オートバイへの興味も知識もない人間としては描かれた選手の価値はわからない。 町の中心街に向けて歩き、途中のベンチで休みたいと思うのだが、ベンチは全て日向に設置されていて、宿に着いてしまう。 宿は無人で、ブザーを押すと名前を聞かれ、答えるとドアが開錠され、入ると無人のレセプションでパスポートの氏名、ナンバー発行年、、生年月日などを聞かれ、それからキーボックスの暗証番号が知らされてカードキーが手に入る。この間、相手は声のみで姿は見えず、どこにいるかも分からない。 部屋は少し狭いが、いかにも現代的。暑く疲れたので、とにかくシャワーを浴び、昼寝。ところが昼食のせいか胸焼けのような感じで、暑さもあって気持ちが悪い。すぐに眠ったようだが、さらに暑くなって布団を蹴飛ばして寝ていた。配偶者がシャワーを終え、洗濯も終えてみると、こんなに暑いのにスチーム暖房が入っているとのこと。私は起き出して口の渇きと胸焼け解消のため飲み物を買いにスーパーに。宿を出るとすぐに街の中心で、商店が並んでいる。スーパーでは冷えた飲み物は少なく、Agua Con gasはないので、水とアクエリアス・ナランハそれぞれ1.5lを買う。帰りに建物の入口に人が集まってどんどん入っていくのが見えたので、中を覗いてみると、中庭に復活祭の山車のようなものが数台置かれ、数人が管楽器を吹く練習をしているように見える。若い人が多いが、中高齢者もいて、おそらく今月下旬の聖週間への準備なのだろう。 宿に戻ってアクエリアスを一人で半分以上飲むと、気持ち悪さは消えた。暖房は相変わらず効きすぎているので窓を開けると、微かに先ほどの聖週間の練習らしき音が響いて来た。 今日は暑い中を23km歩いて疲れたが、それ以上に口や喉の渇きと胸焼けに苦しめられた。アクエリアスのおかげですぐに治って良かったが。退職者夫婦の旅と日常(スペイン・旅・留学・巡礼・映画・思索・本・・・)