6時半に目覚ましが鳴るが、今日は少しゆっくりでいいと思い、周囲の部屋の人たちが動き出した音がしたら起きようと思って二度寝。目が覚めたのは7時半。周りは静か。もう出発したのだろうか。
8時半に朝食に下りると、客は誰もいない。
9時10分にチェックアウト。レストランを通りかかると昨日の夕食時にいた家族連れが朝食をとっている。私たちが最後だと思っていたらもっと遅い人がいたのだ。朝、物音がしなかったのはまだ彼らは眠っていたということ。
ホテルはBeloradoの入口にあったので、Caminoを進むと旧市街に入ってゆく。
 
Iglesia de Santa María
Iglesia de Santa María

Iglesia de Santa Maríaの塔の上にはいくつものコウノトリの巣がある。
 
オリンピック選手の手形・足形
オリンピック選手の手形・足形
道にオリンピック選手の手形・足形のプレートがいくつも埋め込まれている。なぜだろう。この小さな町がそんなにたくさんのオリンピック出場者を輩出したとは思えない。(調べてみたら、唯一名前の判読できたこのプレートはMiguel  Induráinというナバラ出身の自転車選手と分かった。BeloradoはCastillaなので、一層訳が分からなくなった)
 
不動産バブルの名残(?)
不動産バブルの名残(?)

旧市街を抜けると新市街が少しあり、そのはずれには不動産バブルの名残のような建てかけの家や宅地造成だけして建設には至らなかった土地が。
1時間半ほど歩いたTosantosのCaminoから少し外れたAlbergueのBarで休憩。途中で抜いた老婦人二人組が遅れて入ってきた。USAから来た人で、いとこが日本に行ったことがあり素晴らしいところだったと言っていたそうだ。Caminoを終えたら次はどこに行きたいかと聞かれたので、ペルーと答えると、ペルーもいいところだと言っていた。
Villambistia村の中心には水場がある。飲めないが、金魚が飼われていた。
 
Espinosa del Caminoの開かなかったBar
Espinosa del Caminoの開かなかったBar

Espinosa del Caminoで12時近くなったのでお昼にしようとAlbergueに寄ってみる。Barは外にテーブルがセットされていて、Albergueの入口には、RecepciónはBarで12時からと貼紙がある。しかし12時になっても開かない。ほかの巡礼者もやって来る。昨夜同宿だった家族連れも自転車で到着。しかし12時を過ぎてもBarの中は真っ暗。郵便配達がやってきてBarに郵便を届け、Barの外壁に取り付けられているポストから郵便物を回収。彼女も不思議がっていた。持参のバナナやお菓子を食べながら待つが、12時半になっても開く気配がないので、出発する。
 
畑の向こうにVillafranca Montes de Ocaが見えてくる
畑の向こうにVillafranca Montes de Ocaが見えてくる

畑の中を少しずつ上りながら歩き、最後は少し下ってVillafranca Montes de Ocaに13時20分ごろ到着。Albergueでスタンプをもらい、ホテルへ。ほんの100mほどのところに今日の宿、Hotel San Antón Abadはあった。チェックインしてここでもスタンプをもらう。

 

大型トラックがわきを走るBar
大型トラックがわきを走るBar

部屋に荷物を置いてすぐに昼食へ。村の入口にあったBarへ。BocadilloにAgua con gasとLimonada。この店は国道わきにあってトラックの運転手たちもよく利用している。私の座った席に向かって国道をトラックが直進してきて、数メートル手前で曲がってゆく。ちょっと怖い場所だが、これまで車が突っ込んだ形跡はない。
ホテルに戻ってRecepciónで明日の宿の手配をしてもらう。Agésに泊まりたいのだがホテルはない。Albergueでダブルの部屋のある所があるので予約してもらう。電話をしてくれ、2軒目のAlbergue San Rafaelに予約できた。
この教会も閉まっている
この教会も閉まっている

17時を過ぎたので目の前の教会に行ってみるが、閉まっている。ホテルのCaféでコーヒーを飲みながら日記書きとブログ作成。外は肌寒い。ほかの客はテラス席で日向ぼっこをしているが、私たちには日向でも寒く感じる。Caféの室内では薪ストーブに火が入っている。
Villafranca Montes de Ocaの夕食
Villafranca Montes de Ocaの夕食

19時40分からホテルのレストランで夕食。Menú Peregrinoでワインと水が最初からボトルで出てくる。一皿目はEnsalada mixtaとLenteja。二皿目はBerenjenas rellenasとTrucha。Lentejaは少しぬるい。Berenjenasはナスにひき肉を乗せたものだが、ナスの実も刻んでひき肉と混ぜているためナスの味がしない。Truchaは開いてベーコンを乗せて焼いたもの。ベーコンの塩味だけなので薄味になってよかった。デザートはメロンとティラミス。メロンはやはりもうあまり甘くない。アメリカ人のおばあさんがいて、帰りがけに会えてうれしかったと言って行った。
それにしても歩いているときに追い越したり追い越されたりする巡礼者、途中のBarで休憩している巡礼者、同宿になったり夕食で出会う巡礼者たちから聞こえてくるのは英語、フランス語、ドイツ語。スペイン人はほとんどいないよう。統計上は巡礼者の半分以上はスペイン人なのだが。
明日は峠越え。距離は16kmぐらいだから大したことはない。
por Andrés
Andrésフランス人の道 Camino FrancésCamino,Francés,Santiago,サンティアゴ,フランス人の道,巡礼6時半に目覚ましが鳴るが、今日は少しゆっくりでいいと思い、周囲の部屋の人たちが動き出した音がしたら起きようと思って二度寝。目が覚めたのは7時半。周りは静か。もう出発したのだろうか。 8時半に朝食に下りると、客は誰もいない。 9時10分にチェックアウト。レストランを通りかかると昨日の夕食時にいた家族連れが朝食をとっている。私たちが最後だと思っていたらもっと遅い人がいたのだ。朝、物音がしなかったのはまだ彼らは眠っていたということ。 ホテルはBeloradoの入口にあったので、Caminoを進むと旧市街に入ってゆく。   Iglesia de Santa Maríaの塔の上にはいくつものコウノトリの巣がある。   道にオリンピック選手の手形・足形のプレートがいくつも埋め込まれている。なぜだろう。この小さな町がそんなにたくさんのオリンピック出場者を輩出したとは思えない。(調べてみたら、唯一名前の判読できたこのプレートはMiguel  Induráinというナバラ出身の自転車選手と分かった。BeloradoはCastillaなので、一層訳が分からなくなった)   旧市街を抜けると新市街が少しあり、そのはずれには不動産バブルの名残のような建てかけの家や宅地造成だけして建設には至らなかった土地が。 1時間半ほど歩いたTosantosのCaminoから少し外れたAlbergueのBarで休憩。途中で抜いた老婦人二人組が遅れて入ってきた。USAから来た人で、いとこが日本に行ったことがあり素晴らしいところだったと言っていたそうだ。Caminoを終えたら次はどこに行きたいかと聞かれたので、ペルーと答えると、ペルーもいいところだと言っていた。 Villambistia村の中心には水場がある。飲めないが、金魚が飼われていた。   Espinosa del Caminoで12時近くなったのでお昼にしようとAlbergueに寄ってみる。Barは外にテーブルがセットされていて、Albergueの入口には、RecepciónはBarで12時からと貼紙がある。しかし12時になっても開かない。ほかの巡礼者もやって来る。昨夜同宿だった家族連れも自転車で到着。しかし12時を過ぎてもBarの中は真っ暗。郵便配達がやってきてBarに郵便を届け、Barの外壁に取り付けられているポストから郵便物を回収。彼女も不思議がっていた。持参のバナナやお菓子を食べながら待つが、12時半になっても開く気配がないので、出発する。   畑の中を少しずつ上りながら歩き、最後は少し下ってVillafranca Montes de Ocaに13時20分ごろ到着。Albergueでスタンプをもらい、ホテルへ。ほんの100mほどのところに今日の宿、Hotel San Antón Abadはあった。チェックインしてここでもスタンプをもらう。   部屋に荷物を置いてすぐに昼食へ。村の入口にあったBarへ。BocadilloにAgua con gasとLimonada。この店は国道わきにあってトラックの運転手たちもよく利用している。私の座った席に向かって国道をトラックが直進してきて、数メートル手前で曲がってゆく。ちょっと怖い場所だが、これまで車が突っ込んだ形跡はない。 ホテルに戻ってRecepciónで明日の宿の手配をしてもらう。Agésに泊まりたいのだがホテルはない。Albergueでダブルの部屋のある所があるので予約してもらう。電話をしてくれ、2軒目のAlbergue San Rafaelに予約できた。 17時を過ぎたので目の前の教会に行ってみるが、閉まっている。ホテルのCaféでコーヒーを飲みながら日記書きとブログ作成。外は肌寒い。ほかの客はテラス席で日向ぼっこをしているが、私たちには日向でも寒く感じる。Caféの室内では薪ストーブに火が入っている。 19時40分からホテルのレストランで夕食。Menú Peregrinoでワインと水が最初からボトルで出てくる。一皿目はEnsalada mixtaとLenteja。二皿目はBerenjenas rellenasとTrucha。Lentejaは少しぬるい。Berenjenasはナスにひき肉を乗せたものだが、ナスの実も刻んでひき肉と混ぜているためナスの味がしない。Truchaは開いてベーコンを乗せて焼いたもの。ベーコンの塩味だけなので薄味になってよかった。デザートはメロンとティラミス。メロンはやはりもうあまり甘くない。アメリカ人のおばあさんがいて、帰りがけに会えてうれしかったと言って行った。 それにしても歩いているときに追い越したり追い越されたりする巡礼者、途中のBarで休憩している巡礼者、同宿になったり夕食で出会う巡礼者たちから聞こえてくるのは英語、フランス語、ドイツ語。スペイン人はほとんどいないよう。統計上は巡礼者の半分以上はスペイン人なのだが。 明日は峠越え。距離は16kmぐらいだから大したことはない。 por Andrés退職者夫婦の旅と日常(スペイン・旅・留学・巡礼・映画・思索・本・・・)