濃霧の朝
濃霧の朝

6時半に目覚ましで起床。午前2時に夏時間から冬時間に変わったはず。テレビをつけてみると、7時半になっている。スマートフォンは自動で切り替わるはずなのにテレビの時間と違っている。混乱してわからなくなる。とにかく洗面等を済ませ、下のBarに朝食をとりに行く。8時前なのにもう明るくなっている。昨日までは8時半過ぎにならないと明るくならなかったのに。ただ今朝は濃い霧がかかっていて、様子がよくわからないのだが。Barに置いてあった昨日の新聞を見ると午前3時を2時にと書いてある。Barの時計は8時を指し、私のスマートフォンも8時を指している。Barの主人にあの時計の時刻は変更したのかと尋ねると、もう変えたとのこと。私のスマートフォンは自動で切り替わっていたのだ。部屋に戻ってテレビを再確認。24時間ニュースチャンネルを見ると画面に現在時刻が出ていて、スマートフォンのと一致。テレビのメニュー画面の時刻は1時間進んでいる。つまりテレビ本体の時刻は自動的には切り替わらないということだったのだ。カメラ等の時刻を1時間遅らせる。
朝食は田舎パンを切ったものをトーストしたもので、2人で4枚。それにバターが4つ、ジャムも4つついてきた。
村外れから土の道
村外れから土の道

8時40分にチェックアウトして出発。霧雨が降ったのか、路面は湿っているが、出発時には降っていない。私たちの泊まったポサーダは村の外れにあり、歩きはじめるとすぐ村を出ることになる。いつもの土の道のCaminoが続く。上り坂だがそんなに急ではない。寒くないどころか、意外なほど暖かく、すぐに手袋を外し、30分も歩かないうちに上着を1枚脱ぐ。
水場
水場

次々に水場があるが、どれも飲める水ではなさそう。形からすると家畜用だろう。
2度目の巡礼で亡くなった人の記念碑
2度目の巡礼で亡くなった人の記念碑

2度目の巡礼で亡くなった人の記念碑がある。まだ63歳。どういう経緯だったのだろう。
Caminoは次第に細くなり、両側の灌木で人一人通るのもやっとという幅のところも出てくる。
濃霧が一層濃くなる
濃霧が一層濃くなる

次第に霧は濃くなり遠くの景色はもちろん、30mぐらい先も見えなくなってくる。
Foncebadon
Foncebadon

1時間半ほどでFoncebadonに着く。廃村だったところに巡礼者のための施設ができているという村。確かに廃屋の崩れた壁が並ぶ中、Albergueなどがいくつか建って人が出入りし、新築中のものもある。1軒のAlbergueで休憩。ポットにコーヒーやお茶が入っていてセルフサービスで1杯1ユーロ。私はコーヒー、Ameliaは緑茶。暖炉に火が入っている。
再出発すると急に寒くなっている。慌てて上着を1枚重ね着し、手袋もはめる。
FoncebadonからはCamino
FoncebadonからはCamino

FoncebadonからはCaminoは急に道幅が広くなる。
鉄の十字架の下に両親の名を記した小石を置く
鉄の十字架の下に小石を置く

30分ほどで鉄の十字架に。早速持参した亡くなった両親の名前を記した両親宅の庭の小石を十字架の下に置く。
小石に様々なことが
小石に様々なことが

無数の小石に様々なことが書かれて置かれ、十字架の足元に積み重なっている。まだ霧は深い。
整備されて歩きやすい道
整備されて歩きやすい道

鉄の十字架からしばらくは整備されて非常に歩きやすい道になっていたが、1~2kmでまたもとの道になる。
Albergue de Manjarín
Albergue de Manjarín

40分ほどでManjarín。ここはTomasさんが一人でやっているAlbergue。周りには人家もなく、全くの一軒家。電気も水道もない。シャワーも水しか出ないらしい。ここで休憩。やはりポットのコーヒーやお茶が入っていて、セルフサービス。値段はなく寄付制。2ユーロぐらい寄付しようと思ったが、小銭がないので絵葉書を買ってお釣りをもらおうとする。ところがお釣りはないから絵葉書はあげるとのこと。かえって悪いので、結局10ユーロ寄付してきた。家の中も外も様々なものが雑然と並べられ、家自体も手作りらしいがずいぶん雑、あるいは下手くそ。Tomasさんは仙人のような人で、真冬はおそらく誰も来ない日が続くと思うのだが、こんなに寒い中で一人で寄付を頼りに暮らしているようだ。犬や猫が何匹もいて寝そべったり歩き回ったりじゃれてきたり。霧が濃いからか、Tomasさんは時々鐘を鳴らしていた。
ここからSantiagoまで222km。
Caminoはまたいつもの道。そろそろ下りにならないかと思うのだが、いつまでも上り下りを繰り返し、むしろ高度を上げてとうとう標高1500mを越える。ピレネーを越えてからはほとんど700~900を行ったり来たりしていたので、こんなに高いところは久しぶり。上りそのものは苦しくないが、お腹が空いた。途中で持参のチョコレート、リンゴ、お菓子などを食べてしのぐ。
ようやく霧が晴れ
ようやく霧が晴れ

ようやく霧が晴れてきて見通しが良くなってきた。
深い谷底に村が見えたり、はるかかなたに大きな都市が見えたりしたと思ったら、急な下り坂になる。
薄くはがれる岩が露出した道
薄くはがれる岩が露出した道

薄くはがれる岩が露出していたり、その岩が崩れた石がごろごろしていたり、雨水で削られて深い溝ができていたりと歩きにくい下りが続く。
El Acebo村
El Acebo村

そして今日の目的地、El Aceboの小さな村が見える。これまでの茶色の屋根に代わって、ここは黒い屋根。
Casa Rural La Trucha del Arco Iris
Casa Rural La Trucha del Arco Iris

村に入るとAlbergueやBarが数軒。少し進んでわき道に入ったところに今夜の宿、Casa Rural La Trucha del Arco Iris。何匹かの犬が出迎え。女性が受け入れてくれ、主人はお腹を壊しているので出迎えできなくて申し訳ないとのこと。客室に案内される。階段を上ってすぐの丸いドアを開けたところ。窓からははるかな山の景色が見える。
「毎日香」
「毎日香」

室内には「毎日香」が置かれている。荷物を置いてお昼を食べに出る。下階に宿の主人がいて、挨拶してくれる。
Mesón el Acebo
Mesón el Acebo
Aceboの昼食
Aceboの昼食

Caminoに戻ってすぐのMesón el AceboでBocadillo con ChorizoとCalamares fritos、Agua con gas、Kas Limón。お腹が空いているので、どんどん食べる。近くのテーブルでは赤ちゃん連れの数人が何かを飲んでいたが、数人がやって来ると全員がそろったらしく奥のComedorへ食事に行った。日曜日なので家族そろっての食事会なのだろう。
村の中を散歩する。少し下ると教会があるが、入口は閉じられ、その先の草地には人が踏み込んだ跡もなく、すっかり使われなくなっているよう。そばのAlbergue ParoquialでSelloをもらう。村を逆に最初に入ってきた方へ歩く。Tiendaが二つ、Menú Peregrinoを出している店が一つ。夕食も先ほどのMesón el Aceboが良さそうと決める。宿に戻る途中でCena Vegetariana(ベジタリアン夕食)と記されている宿のポスターが目に入る。これにしようと宿に戻って主人にCena Begetarianaはできるかと聞くと、いつもはやっているが今日はお腹が悪くてできないとのことだった。残念。
夕焼け
夕焼け

部屋に戻ってシャワー、洗濯、日記書き。私がシャワーを使っている間にAmeliaがお香をたき過ぎ、部屋の中が煙っている。窓を開けて煙を出す。もう暖房が入っているので寒くない。部屋の窓からは富士山に似た山の向こうに夕焼け。しかし冬時間になって、7時には暗くなってしまった。
7時過ぎに夕食へ。Mesón el Aceboに入ると奥のComedorは電気が消されて暗い。しかしCamareroに聞くと夕食は可能とのことで奥の電気をつけてくれる。
Aceboの夕食
Aceboの夕食

Menú Peregrino、Menú del Día、アラカルトと3種のメニューを持ってくる。ここは鱒料理の地域なので、鱒料理の含まれているMenú del díaにする。一皿目はEnsalada mixtaとCaldo Berciano。二皿目はTrucha a la Plancha con JamónとChurrasco。デザートはCremalleraとTarta de Santiago。Caldoは小さく切ったジャガイモと高菜のような野菜を煮込んだスープ。土鍋に入って体が温まって美味しい。Truchaも良い焼き加減で熱いまま出されて美味しい。Tarta de Santiagoはどうということもないスポンジケーキ。Santiagoに着く楽しみが一つ減った。テレビではバルサとどこかの試合が中継されていて、食堂で3人、Barでも2~3人が見ている。バルサが得点しても誰も歓声を上げないところを見るとバルサのファンは一人もいないようだ。Castilla y Leónでバルサファンなどいないのが当然か。
宿に戻るとドアの内側のサロンの床には数頭の犬が寝そべっている。主人が出迎えてくれ、明朝の朝食の時間などの希望を聞いてくる。7時半にお願いしてお休みの挨拶をして部屋へ。
11時前にはもう眠くなってきた。昨日までの12時なのだから当然か。
por Andrés
Andrésフランス人の道 Camino FrancésCamino,Francés,Santiago,サンティアゴ,フランス人の道,巡礼6時半に目覚ましで起床。午前2時に夏時間から冬時間に変わったはず。テレビをつけてみると、7時半になっている。スマートフォンは自動で切り替わるはずなのにテレビの時間と違っている。混乱してわからなくなる。とにかく洗面等を済ませ、下のBarに朝食をとりに行く。8時前なのにもう明るくなっている。昨日までは8時半過ぎにならないと明るくならなかったのに。ただ今朝は濃い霧がかかっていて、様子がよくわからないのだが。Barに置いてあった昨日の新聞を見ると午前3時を2時にと書いてある。Barの時計は8時を指し、私のスマートフォンも8時を指している。Barの主人にあの時計の時刻は変更したのかと尋ねると、もう変えたとのこと。私のスマートフォンは自動で切り替わっていたのだ。部屋に戻ってテレビを再確認。24時間ニュースチャンネルを見ると画面に現在時刻が出ていて、スマートフォンのと一致。テレビのメニュー画面の時刻は1時間進んでいる。つまりテレビ本体の時刻は自動的には切り替わらないということだったのだ。カメラ等の時刻を1時間遅らせる。 朝食は田舎パンを切ったものをトーストしたもので、2人で4枚。それにバターが4つ、ジャムも4つついてきた。 8時40分にチェックアウトして出発。霧雨が降ったのか、路面は湿っているが、出発時には降っていない。私たちの泊まったポサーダは村の外れにあり、歩きはじめるとすぐ村を出ることになる。いつもの土の道のCaminoが続く。上り坂だがそんなに急ではない。寒くないどころか、意外なほど暖かく、すぐに手袋を外し、30分も歩かないうちに上着を1枚脱ぐ。 次々に水場があるが、どれも飲める水ではなさそう。形からすると家畜用だろう。 2度目の巡礼で亡くなった人の記念碑がある。まだ63歳。どういう経緯だったのだろう。 Caminoは次第に細くなり、両側の灌木で人一人通るのもやっとという幅のところも出てくる。 次第に霧は濃くなり遠くの景色はもちろん、30mぐらい先も見えなくなってくる。 1時間半ほどでFoncebadonに着く。廃村だったところに巡礼者のための施設ができているという村。確かに廃屋の崩れた壁が並ぶ中、Albergueなどがいくつか建って人が出入りし、新築中のものもある。1軒のAlbergueで休憩。ポットにコーヒーやお茶が入っていてセルフサービスで1杯1ユーロ。私はコーヒー、Ameliaは緑茶。暖炉に火が入っている。 再出発すると急に寒くなっている。慌てて上着を1枚重ね着し、手袋もはめる。 FoncebadonからはCaminoは急に道幅が広くなる。 30分ほどで鉄の十字架に。早速持参した亡くなった両親の名前を記した両親宅の庭の小石を十字架の下に置く。 無数の小石に様々なことが書かれて置かれ、十字架の足元に積み重なっている。まだ霧は深い。 鉄の十字架からしばらくは整備されて非常に歩きやすい道になっていたが、1~2kmでまたもとの道になる。 40分ほどでManjarín。ここはTomasさんが一人でやっているAlbergue。周りには人家もなく、全くの一軒家。電気も水道もない。シャワーも水しか出ないらしい。ここで休憩。やはりポットのコーヒーやお茶が入っていて、セルフサービス。値段はなく寄付制。2ユーロぐらい寄付しようと思ったが、小銭がないので絵葉書を買ってお釣りをもらおうとする。ところがお釣りはないから絵葉書はあげるとのこと。かえって悪いので、結局10ユーロ寄付してきた。家の中も外も様々なものが雑然と並べられ、家自体も手作りらしいがずいぶん雑、あるいは下手くそ。Tomasさんは仙人のような人で、真冬はおそらく誰も来ない日が続くと思うのだが、こんなに寒い中で一人で寄付を頼りに暮らしているようだ。犬や猫が何匹もいて寝そべったり歩き回ったりじゃれてきたり。霧が濃いからか、Tomasさんは時々鐘を鳴らしていた。 ここからSantiagoまで222km。 Caminoはまたいつもの道。そろそろ下りにならないかと思うのだが、いつまでも上り下りを繰り返し、むしろ高度を上げてとうとう標高1500mを越える。ピレネーを越えてからはほとんど700~900を行ったり来たりしていたので、こんなに高いところは久しぶり。上りそのものは苦しくないが、お腹が空いた。途中で持参のチョコレート、リンゴ、お菓子などを食べてしのぐ。 ようやく霧が晴れてきて見通しが良くなってきた。 深い谷底に村が見えたり、はるかかなたに大きな都市が見えたりしたと思ったら、急な下り坂になる。 薄くはがれる岩が露出していたり、その岩が崩れた石がごろごろしていたり、雨水で削られて深い溝ができていたりと歩きにくい下りが続く。 そして今日の目的地、El Aceboの小さな村が見える。これまでの茶色の屋根に代わって、ここは黒い屋根。 村に入るとAlbergueやBarが数軒。少し進んでわき道に入ったところに今夜の宿、Casa Rural La Trucha del Arco Iris。何匹かの犬が出迎え。女性が受け入れてくれ、主人はお腹を壊しているので出迎えできなくて申し訳ないとのこと。客室に案内される。階段を上ってすぐの丸いドアを開けたところ。窓からははるかな山の景色が見える。 室内には「毎日香」が置かれている。荷物を置いてお昼を食べに出る。下階に宿の主人がいて、挨拶してくれる。 Caminoに戻ってすぐのMesón el AceboでBocadillo con ChorizoとCalamares fritos、Agua con gas、Kas Limón。お腹が空いているので、どんどん食べる。近くのテーブルでは赤ちゃん連れの数人が何かを飲んでいたが、数人がやって来ると全員がそろったらしく奥のComedorへ食事に行った。日曜日なので家族そろっての食事会なのだろう。 村の中を散歩する。少し下ると教会があるが、入口は閉じられ、その先の草地には人が踏み込んだ跡もなく、すっかり使われなくなっているよう。そばのAlbergue ParoquialでSelloをもらう。村を逆に最初に入ってきた方へ歩く。Tiendaが二つ、Menú Peregrinoを出している店が一つ。夕食も先ほどのMesón el Aceboが良さそうと決める。宿に戻る途中でCena Vegetariana(ベジタリアン夕食)と記されている宿のポスターが目に入る。これにしようと宿に戻って主人にCena Begetarianaはできるかと聞くと、いつもはやっているが今日はお腹が悪くてできないとのことだった。残念。 部屋に戻ってシャワー、洗濯、日記書き。私がシャワーを使っている間にAmeliaがお香をたき過ぎ、部屋の中が煙っている。窓を開けて煙を出す。もう暖房が入っているので寒くない。部屋の窓からは富士山に似た山の向こうに夕焼け。しかし冬時間になって、7時には暗くなってしまった。 7時過ぎに夕食へ。Mesón el Aceboに入ると奥のComedorは電気が消されて暗い。しかしCamareroに聞くと夕食は可能とのことで奥の電気をつけてくれる。 Menú Peregrino、Menú del Día、アラカルトと3種のメニューを持ってくる。ここは鱒料理の地域なので、鱒料理の含まれているMenú del díaにする。一皿目はEnsalada mixtaとCaldo Berciano。二皿目はTrucha a la Plancha con JamónとChurrasco。デザートはCremalleraとTarta de Santiago。Caldoは小さく切ったジャガイモと高菜のような野菜を煮込んだスープ。土鍋に入って体が温まって美味しい。Truchaも良い焼き加減で熱いまま出されて美味しい。Tarta de Santiagoはどうということもないスポンジケーキ。Santiagoに着く楽しみが一つ減った。テレビではバルサとどこかの試合が中継されていて、食堂で3人、Barでも2~3人が見ている。バルサが得点しても誰も歓声を上げないところを見るとバルサのファンは一人もいないようだ。Castilla y Leónでバルサファンなどいないのが当然か。 宿に戻るとドアの内側のサロンの床には数頭の犬が寝そべっている。主人が出迎えてくれ、明朝の朝食の時間などの希望を聞いてくる。7時半にお願いしてお休みの挨拶をして部屋へ。 11時前にはもう眠くなってきた。昨日までの12時なのだから当然か。 por Andrés退職者夫婦の旅と日常(スペイン・旅・留学・巡礼・映画・思索・本・・・)