朝食はホテルの部屋で昨夜買っておいたパン、ヨーグルト、飲み物。
8時前にチェックアウトし、福島駅に行って東北本線の下りに乗る。8時7分発で藤田駅には8時23分着。イベントでもあるらしく、揃いの帽子をかぶった人たちが東福島駅で降りて行った。藤田駅でトイレを済ませ、8時半に歩き始める。駅のすぐ近くに仮設住宅団地がある。まだどのくらいの人たちがここに住むことを強いられているのだろう。
昨日、街道を離れた場所に向かおうとするが、途中で分からなくなり、少し先で街道に出てしまう。今日も4号線の旧道を歩くことが多い。1時間ほど歩いたところに奥州藤原氏が頼朝軍と戦うために築いた「阿津賀志山防塁」跡を過ぎる。そこから数分のところに廃校になった小学校を「あつけし歴史館」にしたものがあったので入ってみる。小学校時代の歴代の卒業文集など小学校史を展示した部屋を見ていたら、係の人が現れて町の歴史を展示した部屋に案内してくれる。奥州街道を歩いていると伝えると、国見峠に是非行くようにと、途中まで道案内してくれた。私たちが歩いているコースからは少し外れていて峠の碑と芭蕉の句碑があるだけで街道が残っているわけではない。
貝田宿に入ると、ウォーキング大会の参加者たちが向こうからまとまって歩いて来た。総勢70人ほど。貝田駅前には駐車場以外には何もない。廃屋さえもない。

次の越河宿の番所跡の表示が線路わきの土手に立てられている。越川宿の碑も申し訳程度に設置されているように見える。

12時近くなったので食事所を探す。地図には寿司屋とラーメン屋が記されているが、両方とももう廃業。その先に茶店があるが、今日は休み。少し進んだところに、地図では結婚式場となっていたが、レストランがあり、幸いにも営業していた。「うなぎ蒲焼・鯉定食」と「うなぎ蒲焼・豚角煮定食」。ゆっくり食べられただけでもありがたい。
少し先の「馬牛沼」は大きくはないが風で波立っていた。冷たい風が強く吹きつけて沼の岸は真冬のような寒さ。
坂上田村麻呂を祭った田村神社があった。甲冑堂などちょっと凝った建物がある。
斎川宿には「検断屋敷」と表示のある屋敷があるが、かつては立派な屋敷だったのだろうが、現在は廃屋となって荒れていた。
今夜の宿泊地の白石市街に入って和洋菓子店があったので、入っていくつか試食してからお菓子を少し買う。
駅前通りを歩くが人通りも少なく、開いている店も少ない。日曜日だからだろうか。
ホテルに入って少し昼寝。昨日、今日と20km弱の歩行なのに疲れた。まだ身体が慣れていないのか。
夕食をとりに街に出る。駅前通りからアーケード街に歩いて行くが、駅前通りに数軒営業中の店があるが、アーケード街は床屋が一軒開いているのと、貸切りになっている飲食店が一軒あるだけ。諦めて駅の方に戻ろうと思ったところで、アーケード街の端に一軒の食堂「関東家」が営業していた。「白石城温麺御膳」と「肉温麺」。「白石城温麺御膳」は特注の白石城を模ったお重に温麺、炊き込みご飯、サラダ、デザートを盛り、天ぷらなどを別皿にしたもの。私たちには味が濃過ぎるが、城のお重は良いアイディアで観光客に受けるだろう。おかみさんが話し好きで、この御膳を注文したお客さんのエピソード、店は今四代目で、店の建物は三代目だといったことを話してくれる。客は私たちだけで、行きも帰りも、アーケード街にひとかげはなかった。
真冬のような寒さの中をホテルに帰る。ホテルの部屋には暖房が入っている。
por Andrés
/images/2017/05/P4232053-644x430.jpg/images/2017/05/P4232053-150x150.jpgAndrés奥州道中朝食はホテルの部屋で昨夜買っておいたパン、ヨーグルト、飲み物。 8時前にチェックアウトし、福島駅に行って東北本線の下りに乗る。8時7分発で藤田駅には8時23分着。イベントでもあるらしく、揃いの帽子をかぶった人たちが東福島駅で降りて行った。藤田駅でトイレを済ませ、8時半に歩き始める。駅のすぐ近くに仮設住宅団地がある。まだどのくらいの人たちがここに住むことを強いられているのだろう。 昨日、街道を離れた場所に向かおうとするが、途中で分からなくなり、少し先で街道に出てしまう。今日も4号線の旧道を歩くことが多い。1時間ほど歩いたところに奥州藤原氏が頼朝軍と戦うために築いた「阿津賀志山防塁」跡を過ぎる。そこから数分のところに廃校になった小学校を「あつけし歴史館」にしたものがあったので入ってみる。小学校時代の歴代の卒業文集など小学校史を展示した部屋を見ていたら、係の人が現れて町の歴史を展示した部屋に案内してくれる。奥州街道を歩いていると伝えると、国見峠に是非行くようにと、途中まで道案内してくれた。私たちが歩いているコースからは少し外れていて峠の碑と芭蕉の句碑があるだけで街道が残っているわけではない。 貝田宿に入ると、ウォーキング大会の参加者たちが向こうからまとまって歩いて来た。総勢70人ほど。貝田駅前には駐車場以外には何もない。廃屋さえもない。 次の越河宿の番所跡の表示が線路わきの土手に立てられている。越川宿の碑も申し訳程度に設置されているように見える。 12時近くなったので食事所を探す。地図には寿司屋とラーメン屋が記されているが、両方とももう廃業。その先に茶店があるが、今日は休み。少し進んだところに、地図では結婚式場となっていたが、レストランがあり、幸いにも営業していた。「うなぎ蒲焼・鯉定食」と「うなぎ蒲焼・豚角煮定食」。ゆっくり食べられただけでもありがたい。 少し先の「馬牛沼」は大きくはないが風で波立っていた。冷たい風が強く吹きつけて沼の岸は真冬のような寒さ。 坂上田村麻呂を祭った田村神社があった。甲冑堂などちょっと凝った建物がある。 斎川宿には「検断屋敷」と表示のある屋敷があるが、かつては立派な屋敷だったのだろうが、現在は廃屋となって荒れていた。 今夜の宿泊地の白石市街に入って和洋菓子店があったので、入っていくつか試食してからお菓子を少し買う。 駅前通りを歩くが人通りも少なく、開いている店も少ない。日曜日だからだろうか。 ホテルに入って少し昼寝。昨日、今日と20km弱の歩行なのに疲れた。まだ身体が慣れていないのか。 夕食をとりに街に出る。駅前通りからアーケード街に歩いて行くが、駅前通りに数軒営業中の店があるが、アーケード街は床屋が一軒開いているのと、貸切りになっている飲食店が一軒あるだけ。諦めて駅の方に戻ろうと思ったところで、アーケード街の端に一軒の食堂「関東家」が営業していた。「白石城温麺御膳」と「肉温麺」。「白石城温麺御膳」は特注の白石城を模ったお重に温麺、炊き込みご飯、サラダ、デザートを盛り、天ぷらなどを別皿にしたもの。私たちには味が濃過ぎるが、城のお重は良いアイディアで観光客に受けるだろう。おかみさんが話し好きで、この御膳を注文したお客さんのエピソード、店は今四代目で、店の建物は三代目だといったことを話してくれる。客は私たちだけで、行きも帰りも、アーケード街にひとかげはなかった。 真冬のような寒さの中をホテルに帰る。ホテルの部屋には暖房が入っている。 por Andrés退職者夫婦の旅と日常(スペイン・旅・留学・巡礼・映画・思索・本・・・)