Valle de los Caidos(戦没者の谷)に埋葬されているフランシスコ・フランコの遺骨が明後日、掘り出されてMadrid北郊のMingorrubio墓地に移される。

戦没者の谷はフランコが命じて、スペイン戦争後に囚人(共和派)を使って建設したもの。ここはフランコ派、共和派を問わずスペイン戦争の戦没者のための場という名目で造られたのだから、戦没者を生み出した独裁者フランコにはふさわしくなく、しかも彼自身は戦没者ではなく独裁者のまま心臓病で死んだフランコを埋葬するにはふさわしくないということで、移送が決定されていた。今でも政治的意味合いを強く帯びる問題なので、現政権は11月10日の総選挙が間近となる前に移送を完了したかったようだ。

30年ほど前に行ったことがあるが、フランコとホセ・アントニオ・プリモ・デ・リベラの墓を中心に置いて、どう見ても全ての戦没者のためのものではなく、フランコ派のための施設にしか見えなかった。岩山をくりぬいた巨大な聖堂空間、その上にそびえる巨大な十字架。これらは多くの独裁者が共通して持つ悪趣味の典型として保存すべきもののようにも感じる。

/images/2019/10/Valle_de_los_Caidos-700x394.jpg/images/2019/10/Valle_de_los_Caidos-150x150.jpgAndrés政治・経済・国際日記・コラム・つぶやきValle de los Caidos(戦没者の谷)に埋葬されているフランシスコ・フランコの遺骨が明後日、掘り出されてMadrid北郊のMingorrubio墓地に移される。 戦没者の谷はフランコが命じて、スペイン戦争後に囚人(共和派)を使って建設したもの。ここはフランコ派、共和派を問わずスペイン戦争の戦没者のための場という名目で造られたのだから、戦没者を生み出した独裁者フランコにはふさわしくなく、しかも彼自身は戦没者ではなく独裁者のまま心臓病で死んだフランコを埋葬するにはふさわしくないということで、移送が決定されていた。今でも政治的意味合いを強く帯びる問題なので、現政権は11月10日の総選挙が間近となる前に移送を完了したかったようだ。 30年ほど前に行ったことがあるが、フランコとホセ・アントニオ・プリモ・デ・リベラの墓を中心に置いて、どう見ても全ての戦没者のためのものではなく、フランコ派のための施設にしか見えなかった。岩山をくりぬいた巨大な聖堂空間、その上にそびえる巨大な十字架。これらは多くの独裁者が共通して持つ悪趣味の典型として保存すべきもののようにも感じる。退職者夫婦の旅と日常(スペイン・旅・留学・巡礼・映画・思索・本・・・)