6時半起床。外に出てみると星空がきれい。目覚ましで起きたが、同室の人たちは少し遅れて起床。洗面とトイレをさっさと済ませる。
ピレネーの夜明け
ピレネーの夜明け

7時ごろに空が明るみ始める。7時半朝食。夜明け前の谷には朝霧がたまり、これも素晴らしい景色。昨夜と同じテーブル。朝食はバゲット、食パン、ジャム、バターとオレンジジュースにカフェオレ。どれも好きなだけ食べられるが、タンパク質がない。
食後にお弁当を受け取る。Bocadillo Jamón y Quesoと小さなりんごをビニール袋に入れて。
部屋に戻って出発準備。結局、私たちはもっとも遅い出発の部類になってしまった。8時10分出発。もうすっかり明るくなっている。
宿の前からいきなり急な上り坂が続き、息が切れる。長袖Tシャツでは出発時は寒かったが、すぐに体が温まり、ちょうどよくなる。ゆっくり上って行くと、やがてSaint-Jeanから出発したらしい人たちが追い越してゆく。周りは牧場で、道にはたくさんの牛糞と時々羊のふん。
通せんぼする牛
通せんぼする牛

道の真ん中に立ち止まって通せんぼをしているような牛もいる。
Orissonのアルベルゲ
Orissonのアルベルゲ

9時にOrissonのアルベルゲ到着。この先はロンセスバージェスまで何もないので、Barで休憩しカフェオレを飲む。巡礼者たちは休憩せずに行きすぎてしまうのが半分ぐらい。
その先もしばらくは急坂が続いたが、カフェオレのせいか、体が慣れてきたためか、先ほどまでの上りよりちょっと楽になったように感じる。
羊+豚
羊+豚
やがて牧場は牛に代わって羊が主になる。なぜか豚の混じっているところもあり、さらに馬も見かけるようになる。羊は羊毛用だが、馬はいったい何用なのだろう。体形からして乗馬用ではないし、農耕馬は使われていないし、馬肉を食べるという話は聞かないし。
伐採された木
伐採された木
切り倒された木がまとめて置かれている。この辺りには木は全く生えていないし、有用な木とも思えない。いったいどうしたことなのだろう。道を少し外れたところにマリア像。
ピレネー山中のマリア像
ピレネー山中のマリア像

行ってみると足元に供え物がいくつか置かれている。新しい像のよう。この辺りで標高1,100mほど。
11時半近くなってお腹が空きグーグー鳴り出したので、道から少し外れて牧草の間にある石にリュックを下して昼食にする。Bocadilloは大きく、生ハムとチーズがたっぷり挟んであってボリュームがある。満腹になると歩きづらいので、半分以上残す。
そのちょっと先に車が停まって売店を営業していた。日本でだとこういう場所には必ずこんな売店があるが、ことらでは珍しいように思う。
フランス側最後のスタンプ!
フランス側最後のスタンプ!

看板には日本語でも「フランスでの最後のスタンプだよ!!」と書いてある。私たちもクレデンシャルにスタンプをもらう。しかし何も買わない。
ようやく舗装道路から離れられる
ようやく舗装道路から離れられる

十字架を少し過ぎたところでようやく舗装道路から離れる。それまでは時々車が走ってきて、そのたびに避けたりしていたので、助かる。
サンティアゴ・デ・コンポステーラまで765km
サンティアゴ・デ・コンポステーラまで765km
Saint Jacques de Compostelleまで765㎞の石板。当たり前だが先は長い。
ピレネー山中の水場
ピレネー山中の水場
水場があった。湧き水なので、巡礼事務所の人が水が出ないこともあると言っていたが、今日はちゃんと出ている。勢いは弱いが。飲んでみると冷たくておいしい。水筒の水を捨て満杯にする。
ナバーラ(スペイン)
ナバーラ(スペイン)
NAVARRAと刻まれた石碑。ここからがスペイン、ナバーラ州なのだろう。
ピレネー 林間の道
ピレネー 林間の道
今日、はじめて林の中の道になる。昨日までの雨のせいか、泥道になっている部分がある。靴がめり込んでしまうほどではなかったので助かるが、昨日歩いた巡礼者は苦労しただろう。
ブラジル人巡礼者遭難の地
ブラジル人巡礼者遭難の地
ブラジル人巡礼者がここで亡くなったの示すと思われる十字架。このピレネー越えの巡礼路、今日は快晴で巡礼者も多く、何の危険もない。しかしこの十字架の主は1月13日に亡くなっている。冬、雪に覆われた中では道を見失う可能性は高く、いったん迷えば死に直結することは間違いないような環境だ。
避難小屋
避難小屋
そんな遭難者が多いのか、避難小屋が建てられていた。内部には特に何もないが、屋根にはソーラーパネルや風力発電用と思われるプロペラ、そしてアンテナ。
SOSボタン
SOSボタン
さらに先には、SOSボタンの設置してあるところまである。
分かれ道 Caminoは左だが危険
分かれ道 Caminoは左だが危険
ここが分かれ道。見ていると右に行く人が少なく、左を選ぶ人が2~3倍いるようだ。分かれ道の道標のところまで降りてみると、左が巡礼路。Saint-Jeanの巡礼事務所で左の道は滑りやすくて危険だから行かないようにと念を押されたが、皆さんは聞いていないのか気づかないのか気にしないのか。ちょうど男の人が左は危険で右のほうが楽だと言って右の道を進んでいったので、私たちも右を進む。
ようやく眼下にロンセスバージェス
ようやく眼下にロンセスバージェス
眼下にはRoncesvallesの修道院の屋根が見下ろせる。
足を滑らせるほどではないが、急な坂道を下るのにのけぞった姿勢で歩き続けたので、腰や背中が痛くなる。
ロンセスバージェスのアルベルゲ裏口
ロンセスバージェスのアルベルゲ裏口
ようやくアルベルゲの裏口の到着。中庭を通り抜けて隣接するHotel Roncesvallesへ。しかし満室。下にLa Posadaというホテルがあるので行ってみたら、と道を教えてくれたのでそちらへ。
La Posada
La Posada

1階がBar。Barに入って空室があるか尋ねると、幸い泊まることができた。1泊65ユーロ、夕食はPeregrino Menuで1人10ユーロ。部屋はメゾネットで、下と上にそれぞれシングルベッドが2台ずつ。トイレ風呂付。早速シャワーを浴び、洗濯。
教会で巡礼者のためのミサがあるはずなので、アルベルゲにスタンプをもらいに外出するときにBarでカギを預けながらミサの時間を尋ねる。8時からとのこと。夕食は7時からなのでぎりぎり間に合うだろう。
アルベルゲに行くと、スタンプをもらうのに用紙に氏名、国籍、宗教(カトリック、その他、無宗教 の中から選択)、巡礼の目的(宗教的、スピリチャル、スポーツ、文化的 の中から選択)、巡礼方法(歩き、自転車、その他 の中から選択)などを記入して提出。
ロンセスバージェスのアルベルゲ廊下
ロンセスバージェスのアルベルゲ廊下
そのあとアルベルゲ内を少し見てみる。ここは新しく巨大なことで有名。入ってすぐのところに靴置き場とリュック置き場がある。その先にはWifiルーム、台所、図書室。寝室までは気が引けて行かなかった。
アルベルゲを出てホテルに戻りかけたら、ピレネー越えで私たちをあっという間に追い越していった日本人男性に会ったので、ちょっと立ち話。Sさん。仕事を辞めてLe Puiからもう一か月歩いているとのこと。これからSantiagoそしてFinistreまで歩き、10月末には帰国だそうだ。今日の道程のことなども話す。アルベルゲ泊だそうだ。
ホテルに戻り部屋で一休みしてから食堂に降りる。夕食はこのホテルの宿泊客だけでなくアルベルゲの宿泊者も一緒に。1テーブル5人で、私たちはカナダ(ケベック)人ペアとオーストラリア人女性と同席。カナダ人はフランス語で会話。時々英語で私たちやオーストラリア人に話しかけてくる。食事は赤ワインがテーブルに1本と水。一皿目はマカロニ。茹で過ぎだが味は悪くない。二皿目は鱒にポテトフライ。鱒はおいしい。デザートはなぜかヨーグルト1カップ。カップの横にはYa, hay demasiado mal leche en el mundo.と印刷されている。反語だろうか。
7時40分過ぎに夕食終了。早い。部屋で歯磨きをしてから教会へ。着いたらミサは始まっている。巡礼者の数からすると少ないが、それでも100人以上は参加していただろうか。信者代表でスペイン人、英語圏の人、フランス語圏の人が前に出て聖書を読む。聖体拝領があるが、中に何人か明らかにわかっていない人が受けていた。今日の巡礼者の国籍とスペイン人巡礼者の出身州が読み上げられ、スペイン語、英語、フランス語などでもミサが行われる。最後に巡礼者は前に出、あらためて祝福を授けられて終了。
ホテルに戻り日記を書いて23時就寝。寒いのだろう、ホテル内には、部屋にも弱く暖房が入っている。
por Andrés
Andrésフランス人の道 Camino FrancésCamino,Francés,Santiago,サンティアゴ,フランス人の道,巡礼6時半起床。外に出てみると星空がきれい。目覚ましで起きたが、同室の人たちは少し遅れて起床。洗面とトイレをさっさと済ませる。 7時ごろに空が明るみ始める。7時半朝食。夜明け前の谷には朝霧がたまり、これも素晴らしい景色。昨夜と同じテーブル。朝食はバゲット、食パン、ジャム、バターとオレンジジュースにカフェオレ。どれも好きなだけ食べられるが、タンパク質がない。 食後にお弁当を受け取る。Bocadillo Jamón y Quesoと小さなりんごをビニール袋に入れて。 部屋に戻って出発準備。結局、私たちはもっとも遅い出発の部類になってしまった。8時10分出発。もうすっかり明るくなっている。 宿の前からいきなり急な上り坂が続き、息が切れる。長袖Tシャツでは出発時は寒かったが、すぐに体が温まり、ちょうどよくなる。ゆっくり上って行くと、やがてSaint-Jeanから出発したらしい人たちが追い越してゆく。周りは牧場で、道にはたくさんの牛糞と時々羊のふん。 道の真ん中に立ち止まって通せんぼをしているような牛もいる。 9時にOrissonのアルベルゲ到着。この先はロンセスバージェスまで何もないので、Barで休憩しカフェオレを飲む。巡礼者たちは休憩せずに行きすぎてしまうのが半分ぐらい。 その先もしばらくは急坂が続いたが、カフェオレのせいか、体が慣れてきたためか、先ほどまでの上りよりちょっと楽になったように感じる。 やがて牧場は牛に代わって羊が主になる。なぜか豚の混じっているところもあり、さらに馬も見かけるようになる。羊は羊毛用だが、馬はいったい何用なのだろう。体形からして乗馬用ではないし、農耕馬は使われていないし、馬肉を食べるという話は聞かないし。 切り倒された木がまとめて置かれている。この辺りには木は全く生えていないし、有用な木とも思えない。いったいどうしたことなのだろう。道を少し外れたところにマリア像。 行ってみると足元に供え物がいくつか置かれている。新しい像のよう。この辺りで標高1,100mほど。 11時半近くなってお腹が空きグーグー鳴り出したので、道から少し外れて牧草の間にある石にリュックを下して昼食にする。Bocadilloは大きく、生ハムとチーズがたっぷり挟んであってボリュームがある。満腹になると歩きづらいので、半分以上残す。 そのちょっと先に車が停まって売店を営業していた。日本でだとこういう場所には必ずこんな売店があるが、ことらでは珍しいように思う。 看板には日本語でも「フランスでの最後のスタンプだよ!!」と書いてある。私たちもクレデンシャルにスタンプをもらう。しかし何も買わない。 十字架を少し過ぎたところでようやく舗装道路から離れる。それまでは時々車が走ってきて、そのたびに避けたりしていたので、助かる。 Saint Jacques de Compostelleまで765㎞の石板。当たり前だが先は長い。 水場があった。湧き水なので、巡礼事務所の人が水が出ないこともあると言っていたが、今日はちゃんと出ている。勢いは弱いが。飲んでみると冷たくておいしい。水筒の水を捨て満杯にする。 NAVARRAと刻まれた石碑。ここからがスペイン、ナバーラ州なのだろう。 今日、はじめて林の中の道になる。昨日までの雨のせいか、泥道になっている部分がある。靴がめり込んでしまうほどではなかったので助かるが、昨日歩いた巡礼者は苦労しただろう。 ブラジル人巡礼者がここで亡くなったの示すと思われる十字架。このピレネー越えの巡礼路、今日は快晴で巡礼者も多く、何の危険もない。しかしこの十字架の主は1月13日に亡くなっている。冬、雪に覆われた中では道を見失う可能性は高く、いったん迷えば死に直結することは間違いないような環境だ。 そんな遭難者が多いのか、避難小屋が建てられていた。内部には特に何もないが、屋根にはソーラーパネルや風力発電用と思われるプロペラ、そしてアンテナ。 さらに先には、SOSボタンの設置してあるところまである。 ここが分かれ道。見ていると右に行く人が少なく、左を選ぶ人が2~3倍いるようだ。分かれ道の道標のところまで降りてみると、左が巡礼路。Saint-Jeanの巡礼事務所で左の道は滑りやすくて危険だから行かないようにと念を押されたが、皆さんは聞いていないのか気づかないのか気にしないのか。ちょうど男の人が左は危険で右のほうが楽だと言って右の道を進んでいったので、私たちも右を進む。 眼下にはRoncesvallesの修道院の屋根が見下ろせる。 足を滑らせるほどではないが、急な坂道を下るのにのけぞった姿勢で歩き続けたので、腰や背中が痛くなる。 ようやくアルベルゲの裏口の到着。中庭を通り抜けて隣接するHotel Roncesvallesへ。しかし満室。下にLa Posadaというホテルがあるので行ってみたら、と道を教えてくれたのでそちらへ。 1階がBar。Barに入って空室があるか尋ねると、幸い泊まることができた。1泊65ユーロ、夕食はPeregrino Menuで1人10ユーロ。部屋はメゾネットで、下と上にそれぞれシングルベッドが2台ずつ。トイレ風呂付。早速シャワーを浴び、洗濯。 教会で巡礼者のためのミサがあるはずなので、アルベルゲにスタンプをもらいに外出するときにBarでカギを預けながらミサの時間を尋ねる。8時からとのこと。夕食は7時からなのでぎりぎり間に合うだろう。 アルベルゲに行くと、スタンプをもらうのに用紙に氏名、国籍、宗教(カトリック、その他、無宗教 の中から選択)、巡礼の目的(宗教的、スピリチャル、スポーツ、文化的 の中から選択)、巡礼方法(歩き、自転車、その他 の中から選択)などを記入して提出。 そのあとアルベルゲ内を少し見てみる。ここは新しく巨大なことで有名。入ってすぐのところに靴置き場とリュック置き場がある。その先にはWifiルーム、台所、図書室。寝室までは気が引けて行かなかった。 アルベルゲを出てホテルに戻りかけたら、ピレネー越えで私たちをあっという間に追い越していった日本人男性に会ったので、ちょっと立ち話。Sさん。仕事を辞めてLe Puiからもう一か月歩いているとのこと。これからSantiagoそしてFinistreまで歩き、10月末には帰国だそうだ。今日の道程のことなども話す。アルベルゲ泊だそうだ。 ホテルに戻り部屋で一休みしてから食堂に降りる。夕食はこのホテルの宿泊客だけでなくアルベルゲの宿泊者も一緒に。1テーブル5人で、私たちはカナダ(ケベック)人ペアとオーストラリア人女性と同席。カナダ人はフランス語で会話。時々英語で私たちやオーストラリア人に話しかけてくる。食事は赤ワインがテーブルに1本と水。一皿目はマカロニ。茹で過ぎだが味は悪くない。二皿目は鱒にポテトフライ。鱒はおいしい。デザートはなぜかヨーグルト1カップ。カップの横にはYa, hay demasiado mal leche en el mundo.と印刷されている。反語だろうか。 7時40分過ぎに夕食終了。早い。部屋で歯磨きをしてから教会へ。着いたらミサは始まっている。巡礼者の数からすると少ないが、それでも100人以上は参加していただろうか。信者代表でスペイン人、英語圏の人、フランス語圏の人が前に出て聖書を読む。聖体拝領があるが、中に何人か明らかにわかっていない人が受けていた。今日の巡礼者の国籍とスペイン人巡礼者の出身州が読み上げられ、スペイン語、英語、フランス語などでもミサが行われる。最後に巡礼者は前に出、あらためて祝福を授けられて終了。 ホテルに戻り日記を書いて23時就寝。寒いのだろう、ホテル内には、部屋にも弱く暖房が入っている。 por Andrés退職者夫婦の旅と日常(スペイン・旅・留学・巡礼・映画・思索・本・・・)