ホテルで朝食ビュフェ。帰りに果物と袋入りケーキをもらってきたが、Camareraがポケットに入れて行くようにと笑いながら注意。スペイン人でも建前を考えることがあるようだ。
 
Villafranca Montes de OcaからのCaminoの急坂
Villafranca Montes de OcaからのCaminoの急坂

8時30分にチェックアウト。ホテルの前がCaminoで、しかも町外れ。いきなり急な上り坂が30分ほど続く。ホテルを出た時は寒くて、もう一枚重ね着しようかとまで思ったが、坂を上り始めるとずっと林の中の道で日陰だが、寒くはなくなってくる。ただし手はしばらく寒くて手袋を使うかどうか迷う。結局手袋は使わなかったが。
 
Monumento a los Caídos 1936
Monumento a los Caídos 1936

その後は緩い上り坂がやはり30分ほど続き、Monumento a los Caídos 1936、スペイン戦争戦没者慰霊碑に着く。これは共和派の犠牲者300人の慰霊碑のようだが、建立された日付はわからない。外見からするとそんなに古いものではない。すぐ横の十字架には「安らかにお眠りください。あなた方のまいた種は死にませんでした」。また、脇には2011年に行われた遺骨発掘作業の説明があり、30人の遺骨が見つかったとのこと。
 
キノコ狩り禁止
キノコ狩り禁止

近くには無許可でのキノコ狩り禁止の立て札。いずこも同じか。
ここがほぼ峠の頂上といったところで、標高は1160mくらい。ホテルが950mほどのところにあったので、そんなに疲れる行程ではない。
 
急な下りと上り
急な下りと上り

その後はジェットコースターのような急な下りと上り。その先で緩やかな下りが続く。この一帯はオカの森。昔は山賊が出没する難所だったとのこと。
 
広すぎるCamino
広すぎるCamino

ずっと林の間の広い道。ところによっては高速道路でも造れそうなほど広くなっているところもある。植林したと思われる松林と自然林らしい雑木林の間の道。真後ろから陽が差すのでちょうどよい気候。
  
野外展覧会(?)
野外展覧会(?)

休憩所かと思ったら、木製の作品が展示されていた。巡礼者をかたどったもの、トーテムポールのようなもの、ベンチのようなものなど。
反対側から歩いて来た老巡礼者にどこから来たのかと声をかけると、リスボンからファーティマを通ってサンティアゴへ行き、そこからSaint-Jeanを目指しているとのこと。すごいなあと思ったら、失業して仕事を探しながら歩いているがお金を恵んでくれないかと言う。歩き方もしっかりしていて速く、リュックもちゃんとしたものを背負い、服装も少しくたびれてはいるものの並の巡礼者。興ざめして、Noと言って別れると、あっさり歩き去っていった。
 
Empanada
Empanada

林間の道が終わって視界が開けると間もなくSan Juan de Ortega。11時半になってお腹もすいたので、Barで休憩。Enpanadaがあったので、それにしてみる。Con AtúnとCon Jamón y Queso。スーパーで売っているものなので特に美味しくはない。やはりBocadilloにすればよかった。
Monasterio de San Juan de Ortega。修道院礼拝堂が開いていたので中を見学。靴を脱いで入るような敷物の敷かれた一角があり、一人の婦人がローソクを献灯した後で座っていた。瞑想でもしていたのだろうか。
 
Albergue de San Juan de Ortega
Albergue de San Juan de Ortega

巡礼者にSopa de Ajo(ニンニクスープ)を提供するので有名なAlbergue de San Juan de OrtegaでSelloをもらうため、日向ぼっこをしながら1時の開館を待つ。ちょっと居眠り。1時過ぎに入ってSelloをもらうが、受付の男も入口にいた女の子も不愛想で、Selloの押し方もちょっと乱暴。
町を出はずれたところに木の十字架。
 
牛、かなたに風力発電
牛、かなたに風力発電

緩い坂を下って行くと、林が途切れて牧場になり、牛がのんびり草を食んでいる。遠くには風力発電の風車。朝は回っていなかったが、少し風が出てきてまわり始めていた。
 
Albergue San Rafael
Albergue San Rafael

間もなく下り坂の向こうにAgésの村が見える。2時ごろに村に到着。今日の宿、Albergue San Rafaelは村の入口にあった。早速チェックイン。入口でCaminoを歩いてきた靴を脱ぎ、サンダルに履き替えて入る。食堂でパスポートとクレデンシャルを提示。クレデンシャルにおばさんが手書きのSello。あまり上手な図柄ではないが、ほんの少し時間をかけてくれたのがうれしい。
部屋に入ってみると、ツインでシャワー付き。しかし壁は天井までつながっていないので隣室の声がすぐ横で話しているように聞こえてくる。シャワーを浴びようとしたが、蛇口をひねって出し続けても一向に温かいお湯にならない。Ameliaに下に行って聞いてもらうと、ボイラーのスイッチを今入れたので2時間後ぐらいにお湯になるとのこと。しかたなくそれまで部屋で日記を書いている。
4時半になってもお湯にならないので、あきらめてシャワーを浴びる。水より少しましといった温度。寒いが、お湯になるまで待っていたのでは時間の無駄。
 
Agés村の中
Agés村の中

5時半から村を散歩。5分とかからずに通り抜けられる小さな村。Barでコーヒーを飲む。そこの女主人が商売熱心で、新鮮な野菜を使った美味しい夕食を出すから食べに来て、と盛んに勧める。
教会の鐘が鳴り、見ると塔がある。教会に行こうとするが、道が工事中で行けない。日向が恋しい気温になっていた。
7時20分ごろ夕食に下りる。周りの客が下りて行く音が聞こえたので食堂の席があるかと心配したら、3人いるだけ。皆はよそに行った模様。3人はアメリカ人で、一人は岩国、広島、東京、沖縄に行ったことがあるそうで、元軍人らしい。宿のおばさんとのやり取りが面白い。アメリカ人は英語しか使えず、おばさんは徹底してスペイン語で押し通している。少しは英語がわかるようなのだが。私たちがスペイン語で注文したりするとおばさんは嬉しそうにする。
Agésの夕食
Agésの夕食

食事は貧しい。サラダ、Sopa de Ajo、玉子とラタトゥイユ、メルルーサ、桃、アイスクリーム。水道水の入った水差しに蠅が入っていたので交換を頼むと、温かい水差しを持ってきた。お湯でも入っているのかと尋ねると、悪びれることもなく「お湯で洗ったから大丈夫」と得意げな表情。水は生ぬるくなっているのだが。
私たちが食事を終えるころに次々に客が入ってきた。私たちの隣にはスペイン人3人組。自転車旅行をしているそうだ。明日から3連休でブルゴスのホテルが信じられな程高いと言うと、確かに高いがAlbergueの値段は普段通りだと教えてくれる。
10時過ぎて客が次々に帰ってきて少々騒がしい。
今夜の宿はおばさんが面白い以外は大外れだった。お湯は出ない、食事は貧しい、部屋は寒い。
por Andrés
Andrésフランス人の道 Camino FrancésCamino,Francés,Santiago,サンティアゴ,フランス人の道,巡礼ホテルで朝食ビュフェ。帰りに果物と袋入りケーキをもらってきたが、Camareraがポケットに入れて行くようにと笑いながら注意。スペイン人でも建前を考えることがあるようだ。   8時30分にチェックアウト。ホテルの前がCaminoで、しかも町外れ。いきなり急な上り坂が30分ほど続く。ホテルを出た時は寒くて、もう一枚重ね着しようかとまで思ったが、坂を上り始めるとずっと林の中の道で日陰だが、寒くはなくなってくる。ただし手はしばらく寒くて手袋を使うかどうか迷う。結局手袋は使わなかったが。   その後は緩い上り坂がやはり30分ほど続き、Monumento a los Caídos 1936、スペイン戦争戦没者慰霊碑に着く。これは共和派の犠牲者300人の慰霊碑のようだが、建立された日付はわからない。外見からするとそんなに古いものではない。すぐ横の十字架には「安らかにお眠りください。あなた方のまいた種は死にませんでした」。また、脇には2011年に行われた遺骨発掘作業の説明があり、30人の遺骨が見つかったとのこと。   近くには無許可でのキノコ狩り禁止の立て札。いずこも同じか。 ここがほぼ峠の頂上といったところで、標高は1160mくらい。ホテルが950mほどのところにあったので、そんなに疲れる行程ではない。   その後はジェットコースターのような急な下りと上り。その先で緩やかな下りが続く。この一帯はオカの森。昔は山賊が出没する難所だったとのこと。   ずっと林の間の広い道。ところによっては高速道路でも造れそうなほど広くなっているところもある。植林したと思われる松林と自然林らしい雑木林の間の道。真後ろから陽が差すのでちょうどよい気候。    休憩所かと思ったら、木製の作品が展示されていた。巡礼者をかたどったもの、トーテムポールのようなもの、ベンチのようなものなど。 反対側から歩いて来た老巡礼者にどこから来たのかと声をかけると、リスボンからファーティマを通ってサンティアゴへ行き、そこからSaint-Jeanを目指しているとのこと。すごいなあと思ったら、失業して仕事を探しながら歩いているがお金を恵んでくれないかと言う。歩き方もしっかりしていて速く、リュックもちゃんとしたものを背負い、服装も少しくたびれてはいるものの並の巡礼者。興ざめして、Noと言って別れると、あっさり歩き去っていった。   林間の道が終わって視界が開けると間もなくSan Juan de Ortega。11時半になってお腹もすいたので、Barで休憩。Enpanadaがあったので、それにしてみる。Con AtúnとCon Jamón y Queso。スーパーで売っているものなので特に美味しくはない。やはりBocadilloにすればよかった。 Monasterio de San Juan de Ortega。修道院礼拝堂が開いていたので中を見学。靴を脱いで入るような敷物の敷かれた一角があり、一人の婦人がローソクを献灯した後で座っていた。瞑想でもしていたのだろうか。   巡礼者にSopa de Ajo(ニンニクスープ)を提供するので有名なAlbergue de San Juan de OrtegaでSelloをもらうため、日向ぼっこをしながら1時の開館を待つ。ちょっと居眠り。1時過ぎに入ってSelloをもらうが、受付の男も入口にいた女の子も不愛想で、Selloの押し方もちょっと乱暴。 町を出はずれたところに木の十字架。   緩い坂を下って行くと、林が途切れて牧場になり、牛がのんびり草を食んでいる。遠くには風力発電の風車。朝は回っていなかったが、少し風が出てきてまわり始めていた。   間もなく下り坂の向こうにAgésの村が見える。2時ごろに村に到着。今日の宿、Albergue San Rafaelは村の入口にあった。早速チェックイン。入口でCaminoを歩いてきた靴を脱ぎ、サンダルに履き替えて入る。食堂でパスポートとクレデンシャルを提示。クレデンシャルにおばさんが手書きのSello。あまり上手な図柄ではないが、ほんの少し時間をかけてくれたのがうれしい。 部屋に入ってみると、ツインでシャワー付き。しかし壁は天井までつながっていないので隣室の声がすぐ横で話しているように聞こえてくる。シャワーを浴びようとしたが、蛇口をひねって出し続けても一向に温かいお湯にならない。Ameliaに下に行って聞いてもらうと、ボイラーのスイッチを今入れたので2時間後ぐらいにお湯になるとのこと。しかたなくそれまで部屋で日記を書いている。 4時半になってもお湯にならないので、あきらめてシャワーを浴びる。水より少しましといった温度。寒いが、お湯になるまで待っていたのでは時間の無駄。   5時半から村を散歩。5分とかからずに通り抜けられる小さな村。Barでコーヒーを飲む。そこの女主人が商売熱心で、新鮮な野菜を使った美味しい夕食を出すから食べに来て、と盛んに勧める。 教会の鐘が鳴り、見ると塔がある。教会に行こうとするが、道が工事中で行けない。日向が恋しい気温になっていた。 7時20分ごろ夕食に下りる。周りの客が下りて行く音が聞こえたので食堂の席があるかと心配したら、3人いるだけ。皆はよそに行った模様。3人はアメリカ人で、一人は岩国、広島、東京、沖縄に行ったことがあるそうで、元軍人らしい。宿のおばさんとのやり取りが面白い。アメリカ人は英語しか使えず、おばさんは徹底してスペイン語で押し通している。少しは英語がわかるようなのだが。私たちがスペイン語で注文したりするとおばさんは嬉しそうにする。 食事は貧しい。サラダ、Sopa de Ajo、玉子とラタトゥイユ、メルルーサ、桃、アイスクリーム。水道水の入った水差しに蠅が入っていたので交換を頼むと、温かい水差しを持ってきた。お湯でも入っているのかと尋ねると、悪びれることもなく「お湯で洗ったから大丈夫」と得意げな表情。水は生ぬるくなっているのだが。 私たちが食事を終えるころに次々に客が入ってきた。私たちの隣にはスペイン人3人組。自転車旅行をしているそうだ。明日から3連休でブルゴスのホテルが信じられな程高いと言うと、確かに高いがAlbergueの値段は普段通りだと教えてくれる。 10時過ぎて客が次々に帰ってきて少々騒がしい。 今夜の宿はおばさんが面白い以外は大外れだった。お湯は出ない、食事は貧しい、部屋は寒い。 por Andrés退職者夫婦の旅と日常(スペイン・旅・留学・巡礼・映画・思索・本・・・)