合計距離: 18885 m
最高点の標高: 279 m
最低点の標高: 155 m
累積標高(上り): 916 m
累積標高(下り): -912 m
総所要時間: 14:59:06

11月24日(金)

暖房は効いて、洗濯物には送風機で風を当てていたので良く乾いた。

朝食は昨夜買っておいたものを宿で食べて済ませる。

出発前に家主の息子らしき男性が訪ねて来て、宿泊費を受け取りに来たとのこと。電話で母親と話すのを聞かせてくれ、その声が昨日の到着時の電話での声と同じようなので、信用して現金を渡す。どうもここの家主は自分の都合しか考えていないようだ。

Booking.comではチェックイン時には現地で迎えるとしていて到着予定時刻を回答させたのに、予定時刻に着いても誰もいなかった。16時15分に着いたが入れないので電話で問い合わせなければならなかった。16時33分にメールでドアの暗証番号を知らせて来たが、もう遅い。

Booking.comでは宿泊費はクレジットカードでとなっていたが、カードは使えないので現金をテーブルの上に置いておくようにと連絡して来た。しかし今朝は息子を突然よこして現金を渡させた。事前にメールか電話で連絡すべきだし、息子に領収書を持たせるべきだろう。

9時45分に宿を出る。Caminoに出るまでの道やCaminoを歩きはじめて少しの間はマンション街で、建設中のも幾棟か。Santiagoまで5km程度の場所なので、郊外住宅地だろう。

住宅街が終わろうとするところに兵隊が集まっている。銃を持っているが、駐屯地から来た様子はなく兵員輸送車もない。近くのBarで朝食をとっている人もいる。

その先に大きなスーパーマーケットMercadonaがあったので、入ってトイレをすませる。フィットネスジムなども入ったショッピングセンターだった。

街を出るとCaminoは、単純に道路を進めば5km程度のところを、谷に下りたり上ったり、高速道路をくぐったり、林間の道を通ったりと、ずいぶん遠回りさせられた。

途中で先ほどの兵隊の集団が追いついて来た。そんなに早足ではなかったが、私たちはゆっくり進みたいので道を空けて追い越させた。100人近くいただろうか。訓練らしいが、足並みを揃えるでも、号令をかけるでも、列を整えるでもない。私たちにHola, Buen camino, Buenos días などと声をかけてくる人も多い。若い男が多いが、中年男も、若い女性も混じっていた。

遠くにSantiago de Compostela が見えてきた。

Caminoが二手に分かれる。どちらも正規の道なのだろうが、私の地図は左を指しているので、そちらに進んだ。

間も無くCaminoらしい道は終わって都会の中の通りに。Barで休憩。今日はPeregrinoを見かけない。クレデンシャルにスタンプをもらう。

カテドラルに直接向かうべきかもしれないが、途中にある今夜のホテルに寄って荷物を置くことにする。13時前だったが、部屋に入れた。

身軽になってカテドラル前のオブラドイロ広場へ。Peregrinoたちが到着して、一人で喜びを噛みしめたり、あるいは仲間と集まって喜び合ったりといつもの光景。しかしこれまで何度も来た中で一番人が少ない。私たちに、特別の感慨はない。残念ながら。Caminoを歩いてたどり着いたのは4回目なのだから。

巡礼事務所に行って「巡礼証明書」と「距離証明書」を入手。リスボンからの公式距離は634km。事務所入口の端末でCaminoの道、出発地、出発日、巡礼方法、目的、氏名、国籍を入力。QRコードの印刷された紙が出て来て、係員から番号を印刷した紙を渡され、ディスプレイに自分の番号が出ると窓口に行ってQRコードの紙を渡す。すると巡礼証明書などをプリントアウトして渡してくれる。実に事務的でスピーディー。しかし夏場はこれでも長い列ができてしまうのだろう。

カテドラルに行ってミサの時間を確認。今日はこの後は19時30分から。

昼食をとりに、以前も何回か行ったPeregrino御用達のレストランCasa Manolo へ行くが閉まっている。金曜日の15時前にということは、廃業したのだろうか。繁盛していたのに。

近くの良さそうなレストランに入る。ワインを赤と白。

前菜風のピーマン、チーズ、イワシ。非常に美味しかった。注文時にパンは断っていたが、追加で注文。

主菜はリゾット。米の芯が少ないのは最近の流行りなのだろうか。味も良い。この店LANGRINAは当たりだった。

カテドラルの堂内へ。あらためて見てみると、主祭壇の上方に天使たちの腕や脚が多数あるのに気付いた。全体の金ピカと合わせて興を削がれる。

中央のSantiago像、後方の通路は昨年はコロナ対応で閉鎖されていたが、今日は開放されて像の背中に触れることができるようになっている。

一旦ホテルに戻って昼寝。

19時30分からのミサに出るために19時前に出かける。カテドラル内は予想外に空いている。Caminoを最初に歩いた時は満席で立ったままの人もいた。2度目の時は後ろの方にしか座れなかった。昨年は翼廊に座った。今回は中央の前から4列目。

ミサはボタフメイロがなかったこと以外はいつも通り。しかし神父の発音が不明瞭で良く聞き取れず、果たして巡礼者の紹介があったのかどうかも分からなかった。聖歌を主唱するシスターはまだ拙い感じで、オルガンの音に負けていた。私の隣席の若い男性は非常に熱心に祈っていた。

ミサを終えて広場に出ると、月が煌々と光り、その横の星もよく見えた。雨空、曇り空、高湿度の空気で星の見えることの少なかったポルトガルだったので、久しぶりに星を見た気がした。

ホテルに向かう道は、カテドラルから離れるに従い、地元の人たちでごった返すようになる。行こうと思ったチューロのあるBarは店外まで客。少し歩いてホテルの先まで行ってBarに入る。昼にワインを飲んで夜まで飲む気になれないので、コーヒー、紅茶とじゃがいものアリオリという妙な組み合わせ。2階から通りを見ていると、ブラック・フライデーの買い物帰りなのか、紙袋を下げた人がたくさん通った。

ホテルに戻ってシャワー、日記。

感動の少ない巡礼最終日だった。

今日の歩行

O MilladoiroからSantiago de Compostela ⒐3km 15,280歩

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p lang=”es”>全体 18.3km 26,285歩

/images/2023/11/IMG_5474-700x394.jpeg/images/2023/11/IMG_5474-150x150.jpegAndrésポルトガルの道 Camino PortuguésCamino Portugués,Catedral,O Milladoiro,Santiago de Compostela,カテドラル,ミサ11月24日(金) 暖房は効いて、洗濯物には送風機で風を当てていたので良く乾いた。 朝食は昨夜買っておいたものを宿で食べて済ませる。 出発前に家主の息子らしき男性が訪ねて来て、宿泊費を受け取りに来たとのこと。電話で母親と話すのを聞かせてくれ、その声が昨日の到着時の電話での声と同じようなので、信用して現金を渡す。どうもここの家主は自分の都合しか考えていないようだ。 Booking.comではチェックイン時には現地で迎えるとしていて到着予定時刻を回答させたのに、予定時刻に着いても誰もいなかった。16時15分に着いたが入れないので電話で問い合わせなければならなかった。16時33分にメールでドアの暗証番号を知らせて来たが、もう遅い。 Booking.comでは宿泊費はクレジットカードでとなっていたが、カードは使えないので現金をテーブルの上に置いておくようにと連絡して来た。しかし今朝は息子を突然よこして現金を渡させた。事前にメールか電話で連絡すべきだし、息子に領収書を持たせるべきだろう。 9時45分に宿を出る。Caminoに出るまでの道やCaminoを歩きはじめて少しの間はマンション街で、建設中のも幾棟か。Santiagoまで5km程度の場所なので、郊外住宅地だろう。 住宅街が終わろうとするところに兵隊が集まっている。銃を持っているが、駐屯地から来た様子はなく兵員輸送車もない。近くのBarで朝食をとっている人もいる。 その先に大きなスーパーマーケットMercadonaがあったので、入ってトイレをすませる。フィットネスジムなども入ったショッピングセンターだった。 街を出るとCaminoは、単純に道路を進めば5km程度のところを、谷に下りたり上ったり、高速道路をくぐったり、林間の道を通ったりと、ずいぶん遠回りさせられた。 途中で先ほどの兵隊の集団が追いついて来た。そんなに早足ではなかったが、私たちはゆっくり進みたいので道を空けて追い越させた。100人近くいただろうか。訓練らしいが、足並みを揃えるでも、号令をかけるでも、列を整えるでもない。私たちにHola, Buen camino, Buenos días などと声をかけてくる人も多い。若い男が多いが、中年男も、若い女性も混じっていた。 遠くにSantiago de Compostela が見えてきた。 Caminoが二手に分かれる。どちらも正規の道なのだろうが、私の地図は左を指しているので、そちらに進んだ。 間も無くCaminoらしい道は終わって都会の中の通りに。Barで休憩。今日はPeregrinoを見かけない。クレデンシャルにスタンプをもらう。 カテドラルに直接向かうべきかもしれないが、途中にある今夜のホテルに寄って荷物を置くことにする。13時前だったが、部屋に入れた。 身軽になってカテドラル前のオブラドイロ広場へ。Peregrinoたちが到着して、一人で喜びを噛みしめたり、あるいは仲間と集まって喜び合ったりといつもの光景。しかしこれまで何度も来た中で一番人が少ない。私たちに、特別の感慨はない。残念ながら。Caminoを歩いてたどり着いたのは4回目なのだから。 巡礼事務所に行って「巡礼証明書」と「距離証明書」を入手。リスボンからの公式距離は634km。事務所入口の端末でCaminoの道、出発地、出発日、巡礼方法、目的、氏名、国籍を入力。QRコードの印刷された紙が出て来て、係員から番号を印刷した紙を渡され、ディスプレイに自分の番号が出ると窓口に行ってQRコードの紙を渡す。すると巡礼証明書などをプリントアウトして渡してくれる。実に事務的でスピーディー。しかし夏場はこれでも長い列ができてしまうのだろう。 カテドラルに行ってミサの時間を確認。今日はこの後は19時30分から。 昼食をとりに、以前も何回か行ったPeregrino御用達のレストランCasa Manolo へ行くが閉まっている。金曜日の15時前にということは、廃業したのだろうか。繁盛していたのに。 近くの良さそうなレストランに入る。ワインを赤と白。 前菜風のピーマン、チーズ、イワシ。非常に美味しかった。注文時にパンは断っていたが、追加で注文。 主菜はリゾット。米の芯が少ないのは最近の流行りなのだろうか。味も良い。この店LANGRINAは当たりだった。 カテドラルの堂内へ。あらためて見てみると、主祭壇の上方に天使たちの腕や脚が多数あるのに気付いた。全体の金ピカと合わせて興を削がれる。 中央のSantiago像、後方の通路は昨年はコロナ対応で閉鎖されていたが、今日は開放されて像の背中に触れることができるようになっている。 一旦ホテルに戻って昼寝。 19時30分からのミサに出るために19時前に出かける。カテドラル内は予想外に空いている。Caminoを最初に歩いた時は満席で立ったままの人もいた。2度目の時は後ろの方にしか座れなかった。昨年は翼廊に座った。今回は中央の前から4列目。 ミサはボタフメイロがなかったこと以外はいつも通り。しかし神父の発音が不明瞭で良く聞き取れず、果たして巡礼者の紹介があったのかどうかも分からなかった。聖歌を主唱するシスターはまだ拙い感じで、オルガンの音に負けていた。私の隣席の若い男性は非常に熱心に祈っていた。 ミサを終えて広場に出ると、月が煌々と光り、その横の星もよく見えた。雨空、曇り空、高湿度の空気で星の見えることの少なかったポルトガルだったので、久しぶりに星を見た気がした。 ホテルに向かう道は、カテドラルから離れるに従い、地元の人たちでごった返すようになる。行こうと思ったチューロのあるBarは店外まで客。少し歩いてホテルの先まで行ってBarに入る。昼にワインを飲んで夜まで飲む気になれないので、コーヒー、紅茶とじゃがいものアリオリという妙な組み合わせ。2階から通りを見ていると、ブラック・フライデーの買い物帰りなのか、紙袋を下げた人がたくさん通った。 ホテルに戻ってシャワー、日記。 感動の少ない巡礼最終日だった。 今日の歩行 O MilladoiroからSantiago de Compostela ⒐3km 15,280歩 < p lang='es'>全体 18.3km 26,285歩退職者夫婦の旅と日常(スペイン・旅・留学・巡礼・映画・思索・本・・・)