長崎への道05(11/07)
大阪御堂筋〜堺
ホテルの部屋で朝食。9時20分にチェックアウト。
堺に向かって進む。

ホテルを出てしばらくは繁華街で、日本橋を過ぎるまでは歩く人の多くは外国人。おそらく9割ぐらいだったのではないか。日本人を見かけるのが珍しいほど。
天王寺動物園の近くを通る。子どもの頃、小学校2年生までの4年間、大阪に住んでいたのだが、この動物園には行った記憶がある。
少し先で通天閣通りに逸れてみる。

通天閣に来た記憶はない。通天閣通りは思いの外閑散としていた。

通天閣通りから斜めに逸れる新世界市場も通ってみたが、昼前だからか閉まっている店が多く、本来の様子は見られなかった。
もとの堺に向かう道に戻り少し進むと定食屋があったので、まだ早かったが入って休憩がてら昼食にする。

肉野菜炒めと鮭定食。
その先で大通りを離れて進むと西成区のあいりん地区に入る。通りの様子、道で出会う人々の様子が一気に変化した。表通りと違って建物は古く小さいものが増え、歩く人は男性の老人が多い。

公園の周囲には手持ち無沙汰の老人が十数人座っている。おそらくこの公園は寄せ場なのだろう。現在もそうなのかは分からない。周囲にはドヤ街があり、安宿として利用しているらしい外国人観光客の姿も見られる。

その先は住宅街やアーケードの商店街をいくつか通り抜ける。いずれもそんなに大きなものではなく買い物客も多くはないのだが、店の多くは営業している。昔ながらの店がほとんどで、下町の雰囲気。
紀州街道を進んで市境の川を渡って堺に入る。大阪市の中心街からやって来ると人通りも少なく、地方都市といった感じ。

やがて古い町並みになり、歴史のある商店が点在するようになる。しかし間もなく広い幅の通りに出る。道路の中央に路面電車の軌道が走り、その両側に3車線の車道、両端には幅が5m以上もありそうな歩道。

小西行長屋敷跡の標示。

横道に逸れると妙國寺。ここは二十六聖人が留め置かれたとされる場所。堺の街中を引き回され、正式の処分が下されるまで3日間沙汰待ちで閉じ込められた。現在も大きな寺だが、二十六聖人に関する記述はどこにも見当たらなかった。
大通りに戻ったところでパン屋さんがあったのでメロンパンを買って店さきのテラス席で一休み。
まもなく戎公園。

付近にザビエルが招かれて泊まっていた屋敷があったので、公園内にその旨を記した碑がある。
堺の中心街に近づくと巡らされた堀が続く。
ホテルに着いたのは16時過ぎ。
穴子鮨が名物とのことなのでインターネットで調べて近くの店を予約する。18時行ってみると混んでいて、予約したのが正解だった。カウンター席を選んで「千利休」という日本酒を飲む。あっさりして美味しい。

料理は天ぷら盛合せ、鶏焼き、サラダ、あさりの味噌汁、穴子の押し鮨。鶏が固かったが、あとは美味しかった。カウンターの向こうで料理人が手際良く次々に注文をこなしているのが圧巻だった。もう一人男性がいたのだが奥に引っ込んでしまい、私たちから見えるのはこの料理人と、カウンターの中で食器洗いから料理人の指示に従って材料を持ってきたり下拵えをする若い女性2人、客席で配膳、注文受け、勘定をする若い女性1人。とにかくみんな忙しく働いている。若い女性たちはアルバイトのように見えるが、カフェなどでの仕事と比べて倍以上の働きなので、給料を倍以上出さないと働いてもらえないのでは。
ホテルに戻りウエルカムドリンクを受け取って部屋に戻る。
入浴、日記、Ameliaはコインランドリーで洗濯。
今日は26391歩、14.9kmの行程で、予定より2kmほど長くなってしまった。一日中晴天で正面から陽に照らされることが多くて少し暑かった。
https://dosperegrinos.net/?p=22210/images/2025/11/image-35.webp/images/2025/11/image-35-150x150.webp長崎への道二十六聖人,堺,妙國寺,長崎への道大阪御堂筋〜堺 ホテルの部屋で朝食。9時20分にチェックアウト。 堺に向かって進む。 ホテルを出てしばらくは繁華街で、日本橋を過ぎるまでは歩く人の多くは外国人。おそらく9割ぐらいだったのではないか。日本人を見かけるのが珍しいほど。 天王寺動物園の近くを通る。子どもの頃、小学校2年生までの4年間、大阪に住んでいたのだが、この動物園には行った記憶がある。 少し先で通天閣通りに逸れてみる。 通天閣に来た記憶はない。通天閣通りは思いの外閑散としていた。 通天閣通りから斜めに逸れる新世界市場も通ってみたが、昼前だからか閉まっている店が多く、本来の様子は見られなかった。 もとの堺に向かう道に戻り少し進むと定食屋があったので、まだ早かったが入って休憩がてら昼食にする。 肉野菜炒めと鮭定食。 その先で大通りを離れて進むと西成区のあいりん地区に入る。通りの様子、道で出会う人々の様子が一気に変化した。表通りと違って建物は古く小さいものが増え、歩く人は男性の老人が多い。 公園の周囲には手持ち無沙汰の老人が十数人座っている。おそらくこの公園は寄せ場なのだろう。現在もそうなのかは分からない。周囲にはドヤ街があり、安宿として利用しているらしい外国人観光客の姿も見られる。 その先は住宅街やアーケードの商店街をいくつか通り抜ける。いずれもそんなに大きなものではなく買い物客も多くはないのだが、店の多くは営業している。昔ながらの店がほとんどで、下町の雰囲気。 紀州街道を進んで市境の川を渡って堺に入る。大阪市の中心街からやって来ると人通りも少なく、地方都市といった感じ。 やがて古い町並みになり、歴史のある商店が点在するようになる。しかし間もなく広い幅の通りに出る。道路の中央に路面電車の軌道が走り、その両側に3車線の車道、両端には幅が5m以上もありそうな歩道。 小西行長屋敷跡の標示。 横道に逸れると妙國寺。ここは二十六聖人が留め置かれたとされる場所。堺の街中を引き回され、正式の処分が下されるまで3日間沙汰待ちで閉じ込められた。現在も大きな寺だが、二十六聖人に関する記述はどこにも見当たらなかった。 大通りに戻ったところでパン屋さんがあったのでメロンパンを買って店さきのテラス席で一休み。 まもなく戎公園。 付近にザビエルが招かれて泊まっていた屋敷があったので、公園内にその旨を記した碑がある。 堺の中心街に近づくと巡らされた堀が続く。 ホテルに着いたのは16時過ぎ。 穴子鮨が名物とのことなのでインターネットで調べて近くの店を予約する。18時行ってみると混んでいて、予約したのが正解だった。カウンター席を選んで「千利休」という日本酒を飲む。あっさりして美味しい。 料理は天ぷら盛合せ、鶏焼き、サラダ、あさりの味噌汁、穴子の押し鮨。鶏が固かったが、あとは美味しかった。カウンターの向こうで料理人が手際良く次々に注文をこなしているのが圧巻だった。もう一人男性がいたのだが奥に引っ込んでしまい、私たちから見えるのはこの料理人と、カウンターの中で食器洗いから料理人の指示に従って材料を持ってきたり下拵えをする若い女性2人、客席で配膳、注文受け、勘定をする若い女性1人。とにかくみんな忙しく働いている。若い女性たちはアルバイトのように見えるが、カフェなどでの仕事と比べて倍以上の働きなので、給料を倍以上出さないと働いてもらえないのでは。 ホテルに戻りウエルカムドリンクを受け取って部屋に戻る。 入浴、日記、Ameliaはコインランドリーで洗濯。 今日は26391歩、14.9kmの行程で、予定より2kmほど長くなってしまった。一日中晴天で正面から陽に照らされることが多くて少し暑かった。Andrés andres@nifty.comAdministratorDos Peregrinos







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