スペイン旅行 1980/08/14
8時過ぎに起床。シャワーを浴びて9時30分頃宿を出る。勘定は済ませたが、列車は夜出るので大きな荷物はそれまで預かってもらう。空は一面に曇っている。ヨーロッパに来てからはじめての曇り空。ロッシオ広場から裏道を通ってサン・ジョルジュ城へ登る。城自体は壊れ方がひどく城跡という感じ。
リスボン市街が一望に見渡せ、遠くにヨーロッパ一長い橋が見える。登り道下り道で通ったアルファマ地区は、本当に迷路のような軒並みでどこがどこに通じているのか分からない。それでも私達は城を目差すのと、下りは海岸に出ればよいので迷わずにすんだが。
城から下りはじめて雨が降りだす。細かい雨なので雨宿りもせずにそのまま歩き、アポロニア駅に行く。駅で今夜の列車の予約をするが、今日も又長い行列。それも一人をさばくのに10分以上かかる場合もあり、1時過ぎにやっと終わる。日本人の男の学生(?)二人が、ここには荷物預かりはないかと尋ねてくるが、スペイン同様ここもやっていない模様。
バスでロッシオ広場に戻り、昨日昼食をとった5本フォークのレストランの写真を撮り、昨日は満員で入れなかった2本フォークのレストランに行って昼食。小エビを頼むと皿一杯に塩ゆでのエビを持って来る。これで二人で1000エスクード弱。昨日と比べると安い。
食後ロッシオ広場からアウグスタ通り、アウレア通りとセーターかブラウスを買おうと店を見て回るが、全く安くない。東京のバーゲンの方が安いくらいで、ポルトガルは西欧で一番物価が安いはずなのに、感覚としてはスペインの方がむしろ安いぐらいだ。
食後歩くと非常に疲れ、リベルターデ大通りのカフェでやっと空席を見付けて休み、この日記を書く。今も書いたように、物価が高く感じられる。その一方、乞食の数も結構多く、分からないまでもこの国の経済状態の悪さが感じられる。又リスボンの街は、たたずまいはスペインの街と変りはないが、街中の人通りはむしろこちらの方が混雑している。今はもう雨も上がり再び青空が広がっているが、ここのカフェは日陰で爽やかな風(排気ガスの臭いはするが)が吹いて涼しい。配偶者は今、四枚目の絵葉書を書いている。文章を書いてしまった後で誰に出すかを決めるという、妙なやり方をしている。これから宿に寄って荷物を採り、アポロニア駅20時20分発の列車で再度マドリーに向かう予定。(16時50分リベルターデ通りのエラード屋にて)
公園で1時間あまりベンチに寝転がって休み、宿に行ってシャワーを借りてかゆくて仕方のなくなっている頭を洗わせてもらう。宿の婦人は無愛想だが親切で、シャワーを貸してくれと言うとすぐにOKし、料金を聞いても要らないと言う。
ロッシオ広場からバスに乗り、サンタ・アポロニア駅へ向かう。道路が渋滞していて少し時間がかかるが、発車の1時間以上前には着ける。駅付近のバルで7upを飲み、アグアを買って水筒に詰め、肉ボカディージョを買い込む。駅に戻ると列車がホームに入っているので乗り込む。一等車だが、来る時に乗った車両よりはきれいで気持ちが良い。入口に出ている掲示を見ると、途中までは私達二人のようだったが、実際には他に三人が同室。仏人らしい女性二人と東洋人の男一人。税関の役人らしい男が来てパスポートをチラッと見、棚の荷物を指差して、これがお前のか、といったことを聞く。荷の中までは調べないが。定刻20時20分発車。揺れはちょっと大きい。今、薄暗くなってきている。
ポルトガル、リスボン、アルファマ地区は映画「アルジェの戦い」で見たカスバの様子とそっくりで、道の上に家が渡り、建物の中(間ではない)を坂道が抜ける。ファドを聴きに来ただけだから、特に見学した所もなければそれ程強烈な印象を与えるような街でもなかった。今はちょうど夕暮れ。車窓の右手には平原が広がり、牛が放牧されている。ポルトガルにこれ程の平野があるとは思っていなかった。地図で見るポルトガルは、日本と似た地形のように思えていたのだが。
同室の男が二人の女性を連れて来て、このコンパートメントは定員オーバー。中国系の人のようだが、車掌とどういう対応をするか。今夜は涼しい。(8月14日ポルトガル時間21時00分マドリーへの列車内にて)
https://dosperegrinos.net/2021/02/01/%e3%82%b9%e3%83%9a%e3%82%a4%e3%83%b3%e6%97%85%e8%a1%8c%e3%80%801980-08-14/スペイン旅行8時過ぎに起床。シャワーを浴びて9時30分頃宿を出る。勘定は済ませたが、列車は夜出るので大きな荷物はそれまで預かってもらう。空は一面に曇っている。ヨーロッパに来てからはじめての曇り空。ロッシオ広場から裏道を通ってサン・ジョルジュ城へ登る。城自体は壊れ方がひどく城跡という感じ。 リスボン市街が一望に見渡せ、遠くにヨーロッパ一長い橋が見える。登り道下り道で通ったアルファマ地区は、本当に迷路のような軒並みでどこがどこに通じているのか分からない。それでも私達は城を目差すのと、下りは海岸に出ればよいので迷わずにすんだが。 城から下りはじめて雨が降りだす。細かい雨なので雨宿りもせずにそのまま歩き、アポロニア駅に行く。駅で今夜の列車の予約をするが、今日も又長い行列。それも一人をさばくのに10分以上かかる場合もあり、1時過ぎにやっと終わる。日本人の男の学生(?)二人が、ここには荷物預かりはないかと尋ねてくるが、スペイン同様ここもやっていない模様。 バスでロッシオ広場に戻り、昨日昼食をとった5本フォークのレストランの写真を撮り、昨日は満員で入れなかった2本フォークのレストランに行って昼食。小エビを頼むと皿一杯に塩ゆでのエビを持って来る。これで二人で1000エスクード弱。昨日と比べると安い。 食後ロッシオ広場からアウグスタ通り、アウレア通りとセーターかブラウスを買おうと店を見て回るが、全く安くない。東京のバーゲンの方が安いくらいで、ポルトガルは西欧で一番物価が安いはずなのに、感覚としてはスペインの方がむしろ安いぐらいだ。 食後歩くと非常に疲れ、リベルターデ大通りのカフェでやっと空席を見付けて休み、この日記を書く。今も書いたように、物価が高く感じられる。その一方、乞食の数も結構多く、分からないまでもこの国の経済状態の悪さが感じられる。又リスボンの街は、たたずまいはスペインの街と変りはないが、街中の人通りはむしろこちらの方が混雑している。今はもう雨も上がり再び青空が広がっているが、ここのカフェは日陰で爽やかな風(排気ガスの臭いはするが)が吹いて涼しい。配偶者は今、四枚目の絵葉書を書いている。文章を書いてしまった後で誰に出すかを決めるという、妙なやり方をしている。これから宿に寄って荷物を採り、アポロニア駅20時20分発の列車で再度マドリーに向かう予定。(16時50分リベルターデ通りのエラード屋にて) 公園で1時間あまりベンチに寝転がって休み、宿に行ってシャワーを借りてかゆくて仕方のなくなっている頭を洗わせてもらう。宿の婦人は無愛想だが親切で、シャワーを貸してくれと言うとすぐにOKし、料金を聞いても要らないと言う。 ロッシオ広場からバスに乗り、サンタ・アポロニア駅へ向かう。道路が渋滞していて少し時間がかかるが、発車の1時間以上前には着ける。駅付近のバルで7upを飲み、アグアを買って水筒に詰め、肉ボカディージョを買い込む。駅に戻ると列車がホームに入っているので乗り込む。一等車だが、来る時に乗った車両よりはきれいで気持ちが良い。入口に出ている掲示を見ると、途中までは私達二人のようだったが、実際には他に三人が同室。仏人らしい女性二人と東洋人の男一人。税関の役人らしい男が来てパスポートをチラッと見、棚の荷物を指差して、これがお前のか、といったことを聞く。荷の中までは調べないが。定刻20時20分発車。揺れはちょっと大きい。今、薄暗くなってきている。 ポルトガル、リスボン、アルファマ地区は映画「アルジェの戦い」で見たカスバの様子とそっくりで、道の上に家が渡り、建物の中(間ではない)を坂道が抜ける。ファドを聴きに来ただけだから、特に見学した所もなければそれ程強烈な印象を与えるような街でもなかった。今はちょうど夕暮れ。車窓の右手には平原が広がり、牛が放牧されている。ポルトガルにこれ程の平野があるとは思っていなかった。地図で見るポルトガルは、日本と似た地形のように思えていたのだが。 同室の男が二人の女性を連れて来て、このコンパートメントは定員オーバー。中国系の人のようだが、車掌とどういう対応をするか。今夜は涼しい。(8月14日ポルトガル時間21時00分マドリーへの列車内にて)Andrés andres@nifty.comAdministratorDos Peregrinos
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